眠りから覚めた長月は周りを見渡した。昨日と何も変わっていない。

自分の体をチェックしてみたら、黒魂は全部吸収できていた。これまでのない力の溢れを感じた。黒魂を吸収したのもあって、傷も午後まで待たず、あと少しで全部治りそうだ。

これじゃ、町へ降りて行って黒魂を狩りながら巫女を探せばいいと、長月は思った。

こう決めた以上、ぐずぐず座っていられなくて、立ち上がった。

昨日、お爺さんがくれたザックが長月の視野に入った。開けてみたら、コンビニで売るおにぎりとお茶が入っていた。腹拵えにはちょうどいい。

食べ物を全部食べた長月はザックを山小屋の隅に置いて外へ出た。いい天気に、長月の気分も上機嫌になった。山を下りながら、黒魂の位置を探ってみた。それと同時に、昨日のお爺さんの事も気になった。あのお爺さんはお婆さんを背負っていったいどこまで行ったのだろう?体があんな状態では、山小屋からそう遠くへはいけないはず。

おいしい黒魂とおにぎりをくれたお礼に、墓でも作ってあげようと思って、長月はお爺さんを探すことにした。

黒魂のない人を探すのは大変なことだ。長月はまず髪をできるだけ長く伸ばし、地面を沿って四方に送り出した。人の体に触れば反応が来る。こうして、長月は山を探索し始めた。

しかし、お爺さんを探すより、微弱だが黒魂を探してしまった。あんまりにも微弱なので直接触らないと見つからないほどだ。

こんなにも弱い黒魂を見逃そうと思ったが、黒魂が宿っている人の傍らに死体があった。死体特有の冷たさが髪の毛から感じ取れたからだ。真昼間の山奥に、黒魂を宿った人と死体。これは何かわけがありそうなので様子をみに行くことにした。

黒魂も長月の存在に気付いているはずなのに、逃げてはいない。もうあきらめたのだろうか?不審に思いながら、長月は距離を縮めた。

大きな木の下に、人が二人あった。見覚えのある人達だ。黒魂に宿われたお婆さんと死体になったお爺さん。

昨日、お爺さんの黒魂を吸収したが、お婆さんの体は確かめなかったことを思い出した。

あの時はお爺さんの黒魂に気をとられてお婆さんの体に宿っている弱い黒魂に気づかなかったわけだった。

「昨日はどうもお世話になりました」

長月に気づき、お婆さんは優しく話しかけた。

「いいえ」

長月は静かにお婆さんの様子を観察した。

お婆さんは長月を見ず、ただお爺さんを眺めているだけだ。

「今回は私があなたを動かしてあげるからね」

「!?」

お婆さんの言葉に長月はどういうことか考える前に、戦闘態勢に入らなければならなかった。お婆さんが攻撃を仕掛けてきたからだ。

弱すぎて居場所が捕らえにくいお婆さんの黒魂。いつの間にか、長月の髪にくっついた。はたいて落とそうとしても落ちない。そればかりか、自分の力が少しずつ失うのを長月は感じた。

「気づいたみたいね」

お婆さんの声に長月は睨め付けた。

「そうよ。私の黒魂は弱いけど、しぶといのよ。それに強くなりたい強欲があって、お嬢さんみたいに強い力の持ち主をみると、その力を自分のものにしたくなるんです。私はその力でもう一度お爺さんを生き返らせたいのです」

「生き返してもただの操り人形であることは知っているでしょう?」

長月はみるみる大きくなっていく黒魂をはたきならが話しかけた。

「それでもいいの。私が目を閉じるまでに一緒にいたいだけなの」

「でも、お婆さんはもう死んだんでしょう。いつ目を閉じるっていうの!」

「黒魂が消えるまでよ」

こう言ったお婆さんは頭を上げ長月を見つめた。その目、狂気で満ちている。もはや人ではないのだ。黒魂がお婆さんの生前の願いにこたえて死体を動かしているだけだった。

「じゃ、今消してあげるわね!」

長月は黒魂がくっついた髪を空に突き上げ、残りの髪で一斉に刺した。

これでお終いだ、と思ったのもつかの間。長月はすぐ異変に気づいた。髪が黒魂ノ体から抜けられなくなった。

「わたしの黒魂はね、吸うだけが能なの。だからなんでも吸い取るのよ。気をつけないとね」

だから、長月の髪が取れないんだ。黒魂に触れた瞬間、髪が黒魂の体にくっついたのだ。どんなに振り落とそうとも落ちない。どんなに引っ張っても黒魂の体から髪は抜けない。

力はだんだん失っていく一方、黒魂の体が風船のようにだんだん膨らんだ。

このままじゃ、力が全部黒魂に吸われてしまう。長月は黒魂を地面に叩きつけながら打開策を考えた。

悪戦苦闘したあげく、長月はとてもシンプルで簡単な打開策をようやく思い出した。それは、長月も黒魂の力を吸うことだった。

「どっちの吸収力がすごいかの力比べね」

長月は髪の毛一本一本に力をいれ、黒魂に流れる力を吸収し始めた。さすが強欲が強いだけあって、そうやすやすと吸った力を渡そうとしない黒魂だ。

かどいってやすやすと退ける長月ではない。ここで負けるわけにもいかないからだ。

黒魂と長月の力比べが膠着状態になった。汗が長月の顔を伝って流れ落ちた。このままでは長月の方が不利だ。

今回こそ運命の人と一緒になるために頑張らなければいけないのに、こんな所でこんな弱い黒魂に力を吸われては……。

運命の人!

長月の頭の中にマスオの顔が浮かんできた。マスオを見つけた以上、ここで負けるわけにはいけない。長月は力を振り絞って黒魂に流れていく力を吸い込んだ。少しずつだが、流れていく力が長月の体に戻り始めた。

「ここまでのようだね、あなた」

もう勝てないと分かったのか、お婆さんはお爺さんを見つめながらぼっつりとつぶやいた。

しぶとい黒魂とのやり合いも終わった。時間はかかったものの、黒魂の力を全部吸うことができた。

黒魂の力を全部吸ったら、それが合図にでもなったようにお婆さんは倒れてしまった。

長月はすぐ駆け寄って様子を見たが、もう息が切れていた。あんな微量の黒魂の力で生きていられるなんて、お爺さんを思うことがよほど強かったとみえる。

長月は近くに穴を掘って二人を埋めた。食べ物をくれた恩返しとして。

思ってもしなかった苦戦をした長月は少し休んでから山を下りることにした。