駐車場に停車してから、マスオ、アツコ、スズノ、この三人はエレベーターに乗って上に向かった。

「お母さん、家にいらっしゃるの?」

「うん」

「今日なんか緊張するね」

「そうだね」

アツコは静かな空気を破ろうとマスオにずっと話かけた。スズノは何も言わずじっとしている。何か考えに更けている様子だ。それに気づいたアツコはスズノに話しかけた。

「お母様、何かご心配ですか?」

「ちょっとね」

何が心配なのか聞こうとした時、エレベーターは止まった。三人は中から降りてマスオの家の前まで進んだ。

マスオはアツコとスズノが来るの家にくるのを母さんに先に言ったけど、和気藹々な訪問じゃない。たぶん、母さんはそれをわかっていないと、マスオは思っている。だって、この事を母さんんに言ったら、母さんがとても喜んでいるのをマスオは思い出した。

ドアを開けたら満面の笑顔で迎えに出てきたフミヨはスズノを見た瞬間、顔が氷のように凍り付いた。

「お、お姉様?!」

スズノのこの言葉はアツコとマスオは強い衝撃を受けた。

確かに、マスオは今までフミヨから親戚の事を聞いたことは一度もなかった。ただ、仲が悪いからいわないのだと思ってあえて尋ねないとしたが、こんな展開になるとは、マスオは夢にも思わなかった。

フミヨを見たスズノの顔も暗かった。二人に何があったのかはわからないが、決していいことではないくらい雰囲気からなんとなくわかった。

四人は無言もまま客間に入って腰をかけた。

「あっ、飲み物を持ってくるね」

こう言いながらフミヨは立ち上がって厨房へ入った。お茶をもって戻ってくるまで、誰も言葉を口にしなかった。

「気まずい空気になってしまってね」

フミヨが苦笑いをしながら言った。

「マスオ君が自分の体から黒魂が出てこなかった、一番近い人が母だと言った瞬間、巫女じゃないかと疑ってはいたけど。お姉様だとまでは……」

スズノの声は一段と増して冷たかった。

「私も、びっくりしたよ。ここでこうして出会えるとは……」

またも沈黙がこの小さな空間を包んだ。これに耐え切れなくなったアツコが話しだした。

「二人はどういう関係ですか?お母様のお姉様?本当ですか?」

フミヨが軽くうなずいた。

「でも、どうして二人はお互いについて何も知らなかったのですか?同じ町に住んでいるのにもかかわらず」

アツコの問に、フミヨはどう答えたらいいか迷った挙句決心したように口を開けた。

「葉っぱを隠すなら森の中、人を隠すなら町の中と思って」

フミヨの声は小さかったが、三人の耳にはちゃんと聞こえた。

「なんで隠れるんですか?何に隠れなければいけなかったのですか?」

「アツコ、静かにしなさい!」

アツコの問いただしにスズノが軽くたしなめた。

「すみません」

「いいのよ」とフミヨが言った。

「お姉様はいつもそうよ。いい子ぶって、自分が全部を悪いと思っているところが一番嫌いなの。今も」

いつも強くて凛々しいスズノの姿を覚えているアツコには、少しばから驚いた。お母様も子供っぽい姿もあることに。

「自分がいなくなればすべてがうまく行くと思っていたらしいですけど、結局、全部私が背負ってしまったのです。今までずいぶんと探したのですけど、一日もお姉様を忘れたことがなかったのです。でも、でも、お姉様は手紙やメールさえ一つもよこしてはくれないのです。どれほど心配したかわかってます?」

話しているうちに、スズノの声が涙声になってきた。

「ごめんねスズノ、あの頃、私が若いあまりに家を出てしまったけど。今も後悔はしているよ。いつかは帰らなければならないと思っていたけど」

フミヨの話を遮ってスズノが割り込んだ。

「なら、なんで帰ってこなかったのですか?なんで?こんなにも近くにいるのに」

「時間が経つと勇気が出てくると思ったけど、そうでもなかった。好きな人ができ家庭も作れて……結局自分勝手でスズノを傷づけたよね。ごめんなさい」

「だから、お姉様のそうゆうどこが嫌いなの!」

フミヨはティッシュを取ってスズノに渡した。スズノは目じりに溜まった涙を軽くふき取った。こんなスズノとフミヨの間にいるアツコとマスオはこの雰囲気に心が重くなる一方だった。

「私たちがこうしていると、子供たちが気まずくて何もできないよ。いったん落ち着いて子供にもちゃんと話をしましょう」

フミヨの声にアツコとマスオは二人とも安堵の表情を浮かべた。

スズノも息を整え、いつもの表情に戻った。

雰囲気が少しばかり和んだ頃、フミヨがことの経緯について教えてくれた。

巫女一家出身のフミヨとスズノは一歳違いの姉妹だった。16年前、もともと神蕗(前勝と寒麗の旧姓)家の巫女がフミヨがなるはずだった。

代々伝わってきた巫女はフミヨが継ぐはずだった。しかし、今までの巫女の歴史を見たフミヨは儀式当日、手紙一枚置いて家出をしてしまった。

神蕗家はフミヨを探すために総員を動じたのだが、結局見つからず、急遽スズノが巫女の座を継ぐことになってしまった。
フミヨの話によると、長い歴史の中で巫女たちの行き様がとてもかわいそうで憎かったのことだ。それで、自分が巫女の力を全部捨て、いなくなれば次の巫女を養うために時間を費やすから、少しは巫女制度に反抗したつもりだったけど、スズノが継いだ以上、何の意味もなくなった。

「スズノ、ずいぶん大変だったでしょう」

「そうよ。そもそも、お姉様が巫女を継いで、私は政治結婚のために生まれたもんだから。あの日、急に儀式に立たされてどれほど怖かったか、知らないでしょう」

「ごめん。噂でスズノが巫女の座を継いだと聞いた時まっすぐ家に戻ればよかったけど、そうしなった自分が憎くて。スズノに顔を合わせる勇気もなかったのも事実よ」

「私もお姉様が憎いです。ずっと憎かったです。でも、今目の前にある憧れのお姉様をみると、憎めません。ただ、うれしいです。だって十六年ぶりの再会ですもの」

二人はお互いの時間に青春を取られた顔を見ながら微笑んだ。

この話を聞いてアツコの顔はみるみるうちに暗くなった。今までマスオが好きだっただけあって、親戚になった以上、恋人になるのは至難だと思ってきたからだ。

「それでスズノとアツコはなぜ今日ここへ来たの?とおりで、アツコを見るととっても懐かしく感じて、つい面倒みてあげたくなっちゃんだね」

アツコはこの言葉に気ごちなく笑ってみせた。マスオと恋人になれない事がずっと気になっていた。

「お姉様、月たちの恋が始まったのです。戦いの嵐がもうこの大地で始まりました」

スズノは今起こっている深刻な事件について話だした。

「まさか私たちが生きている時代で起こるなんて…」

「それに、ここへ尋ねてきた女の子が月です」

「あの子が月なんだ。だから名前も長月だったんだ」

「こっちに近づけないように私がお守りをマスオに作ってあげたの。聞いた話によると黒魂がこの部屋に来たこともあるってことですよ」

フミヨは驚いた眼でマスオを見た。マスオはうなずいた。

「マスオ、よく一人で強く頑張ったね」

この言葉にマスオは涙を流しそうになったのを、アツコもいるのでぐっとこらえた。弱さを見せたくない男の意地ってわけだ。

「でも、私に月たちの恋について教えるために来たわけではないよね」

「マスオが月が生まれた日に体の中から黒魂が出てこなかったと言ったので、理由がわかりたくてきたのです。お姉様を見て分かりました。巫女の力を捨てたとしても、心の中にある黒魂を消す方法はいくつか知っているのですね」

「今となっては使える術が二つくらいしか覚えていないけどね」

「これからどう対処すべきかも決めないと。マスオが運命の人に間違いないから」

フミヨは少し考えてから話し出した。

「私は月を手伝ってマスオと過ごせるようにするのも悪くないと思うけどね……」

「だめです!」

「だめ!」

フミヨの話が終わると同時に、アツコとスズノが叫びだした。

びっくりしたフミヨとマスオは二人を見つめた。

アツコは自分の取り乱しに恥ずかしがりながら頭を下げた。

「お姉様も知っているように月たちは悪い存在です。マスオの傍にいさせるときっと黒魂をおびきよせて不幸な事故になりかねます。巫女の歴史を見ても月たちと最後に一緒になった人はほとんど不幸になったのではありませんか?」

「殆どでしょう、全部じゃないでしょう?私は応援したいの。だって、好きな人と過ごせないなんて私たち巫女より月たちが一番その気持ちを知っていると思うの。運命の人を思って時が過ぎるのを我慢できたのだから」

スズノはフミヨの提案にきっぱりと断った。

「月たちのせいで被害が大量発生したのは事実です」

「発生する前に、黒魂を消滅すればいいんじゃない?それに、発生したのなら最低限に収めるようにすればいいんじゃない?」

「お姉様はどうしても応戦するつもりですよね?」

フミヨも自分の意見を曲げるつもりはないみたいだった。

「そうよ、私は手伝うつもりなの。そんな力はないけど、できるかぎりは」

これ以上ここで話し合っても結論にはたどり着けないと思ったスズノは、もう帰ろうとしたが、フミヨが止めた。

「今夜はここで晩ご飯を食べていきなさい。二人が来ると聞いたから一緒に食べようと多めに作ったの」

仕方なく、スズノは残ることにした。

アツコとマスオは晩ご飯を早く食べ客間でテレビを見て、スズノとフミヨが食卓に囲んで昔話をするのに邪魔しないことにした。

夜もずいぶん暗くなったころ、スズノとアツコは家に帰った。

「長年、心に引っかかっていた石が取れた感じがしたので、とてもいい気分。そうだマスオ。久しぶりに一緒に風呂に入ろうかな?」

「いやよ。僕はもう子供じゃないんだから」

「はいはい、分かりました」

フミヨは微笑みながら風呂場に入った。

今日の母さんは確かにうれしいのだと見えてきたマスオもなんだかうれしくなってきた。でも、母さんは月たちの恋を応援すると言ったが、どうやって応援するつもりだろう。つまり、長月と自分の恋が叶うため、手伝ってくれるため?ここまで思ったマスオは顔が熱くなるのを感じた。このまま風呂に入ったらきっとのぼせると思ったので、冷蔵庫からアイスを一つ取って食べた。