ドアを開けると、カレーのいい香りが漂ってきた。

「マスオなの?」

ドアの音を聞いたフミヨが声をかけた。

マスオは厨房に入り、カレーの香りを胸いっぱい吸い込んだ。ちょっぴり辛いスパイシーも入っているのでむせってしまった。

「お皿を運んでちょうだいね」

「は~い」

「その前に手を洗ってきてね。すぐ晩ごにするから」

手を洗ってからマスオは自分の部屋に入り、普段着に着かえた。アツコのお母さん、スズノからももらったお守りを大切にデスクの上に置いて、感謝の意を込めて軽くお辞儀をした。これで黒魂を防ぐ事ができる。

部屋を出るとフミヨが厨房から出てきたところだった。

「今日はあの子来ないかな」

フミヨはテーブルの上に料理を置きながら独り言のようにつぶやいた。

「うん?あの子って誰のこと?」

「そりゃもちろん昨日きた長月のことよ。いつでも遊びに来ていいといったのに」

「家があるから家族と食べるんじゃない?」

マスオはとてもそっけなく答えた。一回しか会ってないのに、お母さんがこんなに気にかけているなんて、ちょっと不思議な気分になった。

アツコの家から出て、お守りの効果、黒魂の退治とかのことで頭がいっぱいだったマスオだった。今、フミヨによって長月の事を思い出させて、マスオはどんなふうに彼女に向き合うべきか迷うようになった。長月の事を考えれば考えるほど心臓が引き締まるような感覚がマスオの体を痛めた。でも、こんな苦しい気持ちばかりではなかった。どこか懐かし気持ちも感じた。長月という人は本当に悪い存在なのだろうか。ふと、こんなことを思うようになった。アツコと彼女のお母さんは悪者のように言ったが、マスオはどうにもその言葉を完全に飲み込めなかった。

「家も家族もないらしいの。だからちょっと心配で……」

フミヨが悲しそうにつぶやいた。

確かに、いったいどこで寝て、どうやって食事を済ましているのだろう。少しは心配になってきたマスオの顔を見たフミヨは微笑んだ。

「次出会ったら、うちへ食事に誘ってね。寂しい子なんだから」

「あ、うん、わかった」

マスオは気ごちなく答えた。部屋にあるお守りがある限り、会っても長月は自分に近づけない。すこし切ない気持ちにもなってきた。昨日、自分を見た長月のあんなにも喜んでる顔が浮かんできた。悪い人には見えない。

ご飯も食べ終えてご馳走さまでしたと言ったマスオは部屋に戻った。

一度、長月の事を思うと、もうマスオの頭の中から長月のことが離れなくなった。今頃どこで何をしているか、家もなくこの町のどこをふらふらしているか、あんな姿だからお金もないみたいだからご飯はちゃんとたべているか、ずっと気になってきた。急に探しに行きたくなった気もしたけど、どこを探せばいいかわからないので、思いとどまった。

こんなやるせない気持ちを胸に抱いたまま、マスオは風呂に入った。アツコのお母さんから作ってもらったお守りのおかげで、今日もマスオは安心して風呂に浸かることができた。季節は夏だけど、夜は冷え込む。長月が風邪などひかないようにと願った。長月を思いだすたびに懐かしい感情が増していく気がした。

自分が長月の運命の人だということにまだ実感がわいてこない。運命の人になったところで何をすればいいか、アツコのお母さんから聞いておけばよかったと後悔した。何もせずに結界の中で暮らせと言ったけど……。

もし次出会ったら、長月にちゃんと事情を聴くことにした。それから自分で判断しようとマスオは決めた。巫女と長月たちの間にきっと誤解があるに違いない。

いろいろと考えていたら頭がくらくらしてきた。これ以上風呂につかると、のぼせてしまう。マスオは寝巻を着て風呂場を出てきた。ちょうどフミヨが冷たい牛乳をもって厨房から出てきたところだった。

「牛乳」

フミヨは冷たい牛乳の入ったコップをマスオに渡した。

「ありがとう、母さん」

コップをもらったマスオは一口飲んだ。冷たい牛乳が喉を通して胃に入った。体中が冷たくていい気持ちになった。

「早く寝てね」

「はい、わかりました~」

牛乳をもって部屋になったマスオをベッドの上に坐り、窓の外で広がっている夜空を見上げた。綺麗な月が夜空で輝いている。長月はあの月から来たかぐや姫の分身の一人。地球に来て運命の人と一緒になるために黒魂と戦い、最後はほかの分身と戦う。最後に勝ち残った一人だけが運命の人と暮らす事ができるといった。考えると、悲しくなってきた。でも、今まで運命の人と一緒に暮らす人はなかったと、アツコのお母さんが言ったけど、今回はどうかな?もしかしたら、長月とほかの分身は今回こそと思って頑張っているかもしれない。

ここまで考えてるとふと、向こうのビルの上から人影が飛んで行ったような気がした。黒い影が一瞬にして消えたので、見間違えかもしれないと思ったマスオは牛乳の最後の一滴まで飲み干して横になった。

あれこれ考えても頭が痛くなるだけと思ったマスオは目を閉じた。