目的もなく、長月は行き先を足に任せて、街を歩いた。周りに並ぶ店や建物を眺めながら歩くのも楽しいもんだ。

さすがに、強い黒魂だけあって、力を全部吸収するには、時間がかかる。しかし、この黒魂を吸収し終えたら、戦いの時、髪はもっと長く伸びられる。攻撃範囲も今よりもっと広くなれる。強くなった姿を想像したら、長月の顔には自然と笑顔になった。

どれほど歩いたかわからなかった。長月には時計がないから時間が計れなかった。事故は前触れもなく起こるように、長月は急に襲ってくる空腹感を感じた。

早く何かを食べないと、と思いながらも、どうすることもなかった。まず、長月にはお金がない。それに、黒魂がない(弱いやつはいるが、長月の目には入らなかった)。強い黒魂を吸収してるせいか、力の消耗が激しい。

お腹がすいて、歩く力もなくなったので、近くにある椅子に坐った。よく見ると、椅子はラーメン屋が店外で待つ人に儲けられた椅子だった。待ってる人がいない椅子に長月だけ座っている。なので、ここに坐って、少し休んでも大丈夫と長月は思った。店内から洩れるラーメンのいい匂いが長月のお腹をもっと刺激した。

その時、店内から男性従業員が出てきた。

「お客様、店内に席が空いていますので、ご案内しましょうか?」

自分を客と勘違いしたようだ。明るい声で長月に話しかけた。

お金がないのに、案内されても食べれないよ、と長月は心の中でつぶやいた。

「あっ、すみません。ここに坐って休むだけです。いけなかったんでしょうか?」

「いいえ、いいえ。かまいません。では、ごゆっくりと」

従業員は長月がお客でないことを知ってても、最後まで笑顔を崩さず、店内に引っ込んだ。店の自動ドアが開き、また閉じながら、ラーメンのいい匂いが波のように長月に向かって押し寄せた。ラーメンの匂いを胸いっっぱい吸い込んだ。

長月は消えた従業員の後姿をみながらつぶやいた。

「顔にはあんなにも明るい笑顔を浮かべているのに、心の中にはあんなにも醜い黒魂を宿らせているなんて、人間って本当に怖い。でも、怖い人間があるから、私が黒魂を食べれるからありがたいと思うべきかな」

脳を動かすと、なぜだか、もっと腹減った感じがした。

従業員の心の中にある黒魂は、公園で出会った女の子の黒魂より弱いので、今すぐ食べようとはしなかった。今すぐ食べなければならないのは、食べ物である。

もっと休みたかったけど、ラーメンを食べようとするお客が、長月の傍にある椅子に坐って待っているので、気まずくなって、立ち去った。

長月はそのまま歩き続けた。

気がつくと、太陽と入れ替わりに、月が夜空で輝いていた。まぁ、夜がなるのを気づかないほど気が遠くなったわけでもなかったのだが。

歩いていると、向こう側にあるアパートから覚えのある黒魂の匂いがした。弱い黒魂の匂いだ。少しは興味を持った黒魂だったので、何が起こるかを身に行こうと、長月は決めた。

長月は獲物を見つけた肉食動物のように素早く走りだした。黒魂が見える所まで来た長月の目に映ったのは、昨日と似てる様子だった。あの黒い線で主とつながっている黒魂が見えた。力は相変わらず弱い。ただ、黒魂の動きが変わっているので、長月は何ことかと近寄った。

黒魂はとある部屋に入ろうとしているが、入らずただ外でうろうろしている。よく見ると部屋は結界によって守られていた。

長月の興味は黒魂から結界に映った。今の時代に結界を作る人がいると思っていなかったからだ。

長月はさっそく結界に守られた部屋に向かって走った。

結界に近づいてみると、まだ未熟ではあるが、今、そこにいる黒魂を防ぐには十分であることはわかった。もちろん、ばか強い黒魂はすぐ破ることができる。

好奇心で長月は結界に触ってみると、弾き返された。無理やり壊すこともできるけど、これを壊しても、何のメリットもないので、やめといた。

黒い線で繋がれた黒魂は少し離れた場所で、 長月をじっと見つめた。長月が近寄ってくるのを感じてとっくに間合いを置いた。攻撃されずにすぐ逃げる距離だ。

「どんなに見ても、勝てないのは勝てないよ」

長月の言葉に賛同するかのように、黒魂は逃げ始めた。

「しかしね、昨日は見逃したけど、今日は見逃さないよ。悪いことをしてるところを見てしまうと、見なかったふりはできないからね。弱くても食べちゃうよ」

長月はすぐ、黒魂の後を追った。

黒魂は走って逃げているより、掃除機の本体をボタンを押せば、自動的に巻かれるコードのようにどこかにある本体に吸い込まれていた。

「力が弱い割りに、逃げ足だけは速いってわけね」

黒魂は長月の冷やかしに気にせず、逃げ続けた。

黒魂との距離が段々縮んだその時、長月のお腹がいきなり腹が減っていることを訴えた。突然と蘇った空腹感に長月は足をつまずいてしまった。

長月はそれ以上走れることができず、その場に立ち止まって遠ざかっていく黒魂の姿を眺めた。

黒魂はこのチャンスを逃さずスピードを上げて遠くへ逃げてしまった。

長月はしゃがみこんで、飢餓をやわらげようとすると、頭の中にあの部屋に誰が住んでいるかが、急に気になってきた。

あのアパートとの距離は遠かった。付近には料理屋が何軒かあって、そこから時折に漂ってくる食べ物のにおいは長月のお腹を苦しませた。いっそうのこと、誰かに食べ物を乞ってみようとも思ったが、結局やめた。

長月は来た道から後戻りして例の部屋へ向かって走りだした。あの部屋のあるアパートの下につくと、跳びあがり、髪の毛で壁を掴み結界の中心となる部屋の窓まで登っていった。

長月は顔をちょっとだけ窓に出し、中の様子を伺った。

中学生ぐらいの男の子がベッドで寝ている。男の顔は見えないが、雰囲気が懐かしかった。もしかして、この男の子が今回、自分が捜しだして守るべきあの人なのかな?

長月は迷った末、一か八かに当たってみることにした。

長月は壁から降りて正門からアパートの中に入って男の子が住む家の前まで来た。

なぜだろうか、長月の胸が激しくときめいた。胸のときめきで、長月は確信しはじめた。呼び鈴を押そうとして伸ばした手さえ震えだした。結界が長月を遮っているので、髪を伸ばし横に払った。結界はガラスのように砕けた。

長月は深呼吸をしてから手を伸ばし、呼び鈴を押した。「ピンポン」の音が何回鳴ってから、ドアが開けられた。

女の人が出てきた。直感で男の子の母さんだと長月は判断した。

「こんばんは」

フミヨが先に口を開いた。

「こ、こんばんは」

長月は、言葉がつかっている自分が少し恥ずかしかった。挨拶の言葉以外に何を話せばいいかわからず、長月は黙ってつったていた。

その様子を見たフミヨは優しく問いかけた。

「マスオのお友達?」

フミヨは笑顔を浮かべた。そんな笑顔を見た長月は勇気をもらった気分になった。

「は、はい。友達、です」

長月は自分でも信じられないほど、小さな声で答えた。

「ちょっと待ってね、今すぐマスオを呼ぶから。……入ってきて。あっちのソファに座って待っていてね」

「い、いいえ。ここで待っていればいいです」

なに照れているんだろう!長月は自分の顔が火照るのを感じた。

「じゃ、すぐ呼んでくるね」

長月が玄関口で待つといったので、フミヨも無理強いはしなかった。

これから会えるあの人に期待の気持ちを抱きながら、長月は待っていた。先は窓越しに後ろ姿
しか見ていなかったから、どんな顔なのか期待もした。

しかし、ドアに戻ってきたのは、フミヨだけだった。

そうだ!窓から見たとき、男の子は横になってていた。無理やり起こすわけにも行かないみたいだ。

フミヨは困った顔で長月に向かって話し出した。

「ごめんね。あの子を呼んでみたんだけど、起きないの。困ったね。何か急用でもあるの?」

「い、いいえ、大丈夫です。また伺いします」

長月が踵をかえし、帰ろうとしたその時、情けなくも、お腹が鳴り出した。うしろから伝わってくるフミヨの軽い笑い声が聞こえた。

「よかったら、ご飯でも食べていかない?」

フミヨの言葉が福音のように聞こえてきた。長月はすぐ体の向きをフミヨに向けて、上目遣いで確かめた。

「本当にいいんですか?」

「いいよ。入って来て」

「そ、それでは、お言葉に甘えて」

家の中に入ったら、フミヨは長月を厨房まで案内した。

「椅子に坐って待っていてね。すぐご飯を出してあげるから」

フミヨはご飯とおかずを温めた。美味しい香り漂って長月の鼻を刺激した。

長月の目の前に美味しそうな料理が並べられた。手を合わせ、いただきます、と言ってから、長月は食べ始めた。

フミヨが作った料理は美味しい。飢餓の時には本当の味を味わえずただただおいしく感じるけど、フミヨが作った料理は本当に美味しい。店に出してもいいくらいだ。

お代わりを二回して、ようやくお腹がいっぱいなった。

長月はフミヨに礼を言って、このままかえったほうがいいのか?それとも、食器を洗ったほうがいいか?迷ってしまった。

それをみたフミヨは微笑みながら話しだした。

「洗い物は気にしなくていいの」

フミヨうは長月の心を読んだようだ。フミヨの言葉を聞いて長月は安心すると思ったが、もっといづらくなった。これからどうすればいいか全然、めどがつかなかったから。このまま家を出てもいいか、よくわからなかった。好きな人が隣の部屋で寝ていることを考えると、長月の性格は小心者になってしまった。

「お風呂に入る?」

長月が一人で悩んでいるのを見たフミヨが声をかけた。

「えっ?!いいですか?」

「いいよ。よろしかったら、今夜、うちで止まるってもいいよ。ほら、夜もだいぶ深まったから」

「でも……。もし、私が悪い人だったらどうするんですか?」

「私ね、人を見る目には結構自信があるのよ。あなたは悪い人には見えない。それに、何か事情があるみたいだから」

長月はどうしようか迷ったが、フミヨの顔を見ると、人を安心させる雰囲気を感じ、泊まることにした。

「ありがとうございます」

「お礼など言わなくていいよ。大したことをしたわけじゃないから。ただ、私ができる事をしたまでだから」

フミヨの心には黒魂がないことを、今更のように気付いてしまった。確かにない。黒魂がいた形跡さえもいない。地球に、黒魂を持たない人が本当にいるなんて、長月は信じられない気持ちだった。

「あら、私の顔に何かついているの?」

自分の顔をじっと見つめる長月に、フミヨは声をかけた。

「あっ!いいえ、何でもありません」

厨房をでてリビングルームに入った長月は、ソファに坐った。

「私、ここで寝ます。いいですか?」

フミヨは頭を左右に振った。

「私の部屋で眠っていいよ。今、布団を取り替えてあげるね」

「いいえ、とんでもありません。ソファでいいんです」

「大人の言う事は正直に聞きなさいね」

こう言って、フミヨは自分の部屋に向かった。部屋に入る前に、立ち止って、長月に話しかけた。

「私は後で入るから、先にお風呂はいってね」

「あっ、は、はい」

「着替えなら心配しないで。私の服があるの」

お風呂に入るのは断ろうとしたげ、やめた。

あの人と同じ空間で泊まると思うと、長月の心に温かい血が流れた。

フミヨはすぐ部屋から出てきて、綺麗なピンク色のワンピースを持ってきた。

「これを着てみて。すごく似合うと思うよ」

「いろいろとすみません」

「大丈夫なの。早くお風呂入って。顔がとても疲れているよ」

長月はもう一度礼をいって、風呂場に入った。

熱い日にこそ、お風呂に入って、いっぱい汗を流すべきだと、長月は信じている。

極上の時間をすごし、フミヨが準備してくれた新しい服を着た。

「うわ~、とても似合っている」

お風呂場から出てきて、ピンク色のワンピースを来た長月をみて、フミヨは感嘆した。

「娘さんもいるんですか?」

フミヨは顔を横に振りながら笑った。

「ないの。ただ、服をつくるのが私の仕事なの。家には、女の子が着れるの服がいっぱいあるよ。サンプルだけどね。もちろん、マスオの服も手作りにしてる」

「すごいですね。こんなきれいな服が手作りだなって」

長月は素直に感心した。

「そのことはさておいて、疲れたでしょう。布団も敷いてあったから、今夜はゆっくりと休んでね」

「はい、おやすみなさい」

長月は大人しくフミヨの部屋に入った。

ベッドに敷かれたふかふかそうな布団を見ると、つい飛び上がりたくもなったが、ぐっと堪えて、品よく布団の中にもぐった。

ご飯もいっぱい食べたし、風呂も入ったし、あったかい布団もある。長月は天国にでもいるような感覚に落ちた。