マスオは部屋のベッドに坐り、布団をかぶった。熱い夏の夕方なのに体はなぜか寒い。恐怖が人に与える影響がこんなにも強いものだとは、マスオは今はじめて感じた。

手にはアツコが作ってくれた折鶴を握っていた。アツコの顔を思いだすと、心がなんだか温かくなってきた。それに、折鶴からもなぜかぬくもりが伝わってきた気がした。

「マスオ、晩ご飯だよ」

フミヨの呼ぶ声がドアの向こうからした。マスオはベッドから降りてドアに向かった。ドアを開けるのが怖かった。開けたら昨日みた黒魂が現れるのが怖かった。

震える出てドアのノブを握り、少しずつ回した。ドアをちょっとずつ開けた。幸い、黒魂は見えなかった。目に入ったのは困惑した顔のフミヨだ。

「どうしたの?あんなドアの開け方は?」

マスオは不自然な笑顔を顔に浮かべた。

「なんでもないよ」

「ふ~ん、昨日からなんか変な真似をするね。何があったの?」

さすがに母親。子供の異変にすぐ気づく。

「な、何でもないよ!早く晩ご飯を食べよう」

マスオはさっさと食卓の前に坐って晩ご飯を食べ始めた。

家に帰ってからずっと緊張していたせいか、食欲はとても旺盛だった。

「ご馳走さまでした」

晩ご飯も食べ終わって自分の部屋にこもったマスオはまた布団で自分の身を包んだ。時間がこのまま止まってくれと、心のなかで何度も何度も神様に願ったけど、願いは叶わなかった。恐怖が来たり行ったり、心が持ちそうになかった。

宿題もやらず目をつぶっているとフミヨの呼び声が聞こえてきた。

「マスオ、お風呂に入っていいよ」

恐怖が一遍に全身を駆け巡ることを味わった。このままここにいたら、黒い影はこっちにきて、むりやり、服をはがすに違いないと思ったマスオは、昼間、アツコから貰った折鶴のお守りだけしっかりと握ってベッドから降りた。今朝、引き出しに隠した小さいハンマーもズボンのポケットに隠して風呂場に入った。

マスオは服を脱がずに、黒い影がくるのを待っていた。マスオは左手に折鶴を、右手にはハンマーを。

でも、なぜか、いくら待っても、黒い影は風呂場に現れなかった。

最初は喜んだけど、すぐに、顔は曇ってしまった。もしかしたら、別の部屋で自分の待っているかもしれないと思ったからだ。

お風呂場を出て、自分の部屋のドアを少し開いて、中を覗きこんだ。

中には誰もいない。

そして、フミヨの部屋に歩いていってノックした。

「入っていいよ」
ママの声から、何の異変も起こってないことがわかった。

「どうした?マスオ」

「お休みなさいを言いに来ただけなの」

「そうなの。お休みなさい」

ドアを閉めようとしたマスオをフミヨは呼び止めた。

「ちょっと待って!」

「どうしたの?」

「お風呂、まだだね?」

「今から入るの」

「今まで何した?」

マスオは答えずもう一度、挨拶をしてドアをしめた。

ママの部屋のドアを閉めてから、マスオは自分の部屋に戻った。

どうやら、今のところ、黒い影は来ていないみたい。

マスオは再び布団で自分の身を包んだ。

もしかして、本当にアツコのお守りのお陰かな?マスオは本気でこう思い始めた。

でも、今時に巫女なんて、ありえないじゃない?肯定の思いが浮かぶと、なぜかすぐ否定の思いも駆けてくる。

いやいや、僕がみたあの黒い影のほうがもったありえない。つまり、アツコが作ったお守りは本当に力があって、アツコは本当に巫女ってこと?

マスオはどうすればいいか、思い悩んでいる。

もしかしたら、あの黒い影は今夜ここに来ることを忘れたから、来なかったのかもしれない。もしくは、遅くくるかもしれない。ネガティブな考えが頭の中で徘徊した。やっぱり、人は崖っぷちに立たされると、ポジティブよりネガティブの方が有利な立場に立つ。

そうしている内に、瞼が段々重くなってきた。マスオは眠りに入った。