長月は目を開けた。自分の体が誰かに揺すぶられたからだ。

彼女が目を開けてみると、昨日の夜の二人の警察が視野に入ってきた。黒魂がいなくなって、顔色が優しく見えてきた。

「お嬢さん、ここで寝ちゃいけないよ」

太っている警察が声をかけてきた。仏のような顔で尋ねた。

「どうしてこんなところで寝ているの?」

痩せている警察も聞いた。この上のない優しい口調で。

昨夜のフトックとヤセックがこの二人の心から生まれた黒魂だと分かると、笑ってる顔が気味悪くなってきた。

二人の問いに、どう答えればいいか悩んでいると、太っている警察が言葉を割ってきた。

「とりあえず、交番まで連れて行こうか。ね、お嬢さん、歩けるの?交番はすぐそこだから一緒に来てもらってもいい?」

長月は何も言わず、ただ頷いた。腹が減ったので、交番へ行って何か食べ物でももらおうと決めたから。黒魂を食っても腹こしらえにはなるけど、人間の食べ物を食べて美味を感じるのもいいものだから。

交番は本当にすぐ近くにあった。人気が少ない場所だからこそ、事件が起こりやすいと思って、近くにもうけたのかもしれない。

交番に入って、二人の警察は長月をもう一人の警察に任せて、巡回に行った。

「名前教えてくれる?」

警察は長月に暖かいお茶を渡してから、聞いた。

「長月です」

「長月、ねぇ。長月は名前なの、苗字なの?」

「名前です」

「じゃ、苗字も教えてくれない?それから、家族との連絡さきとかも教えてくれたら、連絡してあげるから」

「それより、腹減ったんですけど」

長月の言葉に警察はお菓子と飲み物を用意してくれた。こんなにも優しかったのか?と疑問に思ったが、長月はすぐ納得した。だって、昨日、黒魂を食べて、ピュアな心に戻ったから。明日のこの頃には新しい黒魂が生まれたけど。

「ご馳走様でした」

席を立とうとする長月を警察は呼び止めた。

「家族の連絡先をまだ言ってなかったけど?」

「そんなのいません」

長月はきっぱりと答えた。

警察はまずい質問をしてしまったと思って、軽くお詫びをした。

「じゃさあ、緊急連絡先とかないの?」

「私、もう帰ってもいいですか?警察さん」

長月は食べ物をもらう最初の目的を果たしたので早くはなれたくなった。

「えぇ!なぜ?」

そんな長月の心もわからず、警察はしつこく引き留めた。

「私は何も悪い事をしてませんよ。ただ、木の下で眠っていただけです。いけなかったんですか?」

「あななのような、女の子が一人でいると、危ないからだよ。それより、連絡できる人はいないのかな?せめて住む場所でもわかると送ってあげるよ」

黒魂がいなくなったせいか、重いほどのいい人になってしまった。

「私、急いでいるので、ここで失礼します」

長月は立ち上がり、ドアに向かって歩き出した。

警察はすぐ駆けつけて、長月の前に立ちふさがった。

「このままかえったら、困るよ」

「何が困るの?」

「えぇと、そのう……」

「困ることなど、なにもないから、安心して」

これ以上、しつこく問い詰めるのも、面倒と思い、長月は一本の髪を使って、警察の額を軽く触った。警察は何回か瞬きをし、自分の目の前にある長月を見つめて、話しだした。

「何か用かね?」

「いいえ、何でもありません」

交番を出て、長月は目を瞑り、強い黒魂の気配を探った。しかし、真っ昼間に活動する黒魂はごく稀で見つけることはできなかった。

小さい溜息をついた長月はとりあえず、歩き出すことにした。でも、よく考えてみると強い黒魂を捜すより、あの人を探し出すほうが、もっと重要なのかもしれないと、思い始めた。しかし、強い黒魂を沢山吸収して、強くならないと、あの人を守れない。

しばらく歩いたら、喉がからからになった。真夏の太陽はこの大地から水分を全部奪おうとしているようだ。

歩いていると、コンビニやファーストフードの店が次から次へと長月の目の前に現れた。だけど、お金がないから、見ることしかできない。見ることもつらいので無視して歩き続けた。

髪の力で、従業員の記憶を変えることもできるから、無料で食べることもできるけど、プライドが許してくれなかった。それに、CCTVにも映れる。それだけはいやだ。

水でも飲もうと思い、長月は公園に入った。子連れの主婦たちが立ち話しをしている。水飲み場を捜し、水をいっぱい飲んで、近くにあるベンチに坐った。子供たちは楽しそうに砂で遊んでいる。近くで母親が楽しそうにおしゃべりをしている。

長月は思わず空を見上げ、あの人はどこにいるのかな?と思い始めた。

長い間、月の中に閉じ込められて、地球の変化を見ながら、過ごす日々も、昨日で終わり、あの人を捜すことができるようになって、長月は本当に嬉しく思った。こんどこそ、あの人と幸せに暮らそうと誓っていたから。その為には、やはり強い黒魂を沢山吸収して、誰にも負けない力を身につけるのが、先決だと、長月は結論を出した。

強い黒魂を食べるためには、ここに坐って、ぼうってしてはいられない。長月はベンチを離れ、公園を出た。

公園の出口にさしかかろうとしたところ、後ろから誰か、服の端を掴んだ。

振り返ってみると、幼稚園児ぐらいの女の子だった。

「ね、姉ちゃん。おままごと、一緒にやらない?」

可愛い笑顔を長月に見せながら女の子は言った。

「いいね、一緒にやりましょう」

長月は断らなかった。