マスオはいつもより早く、目が醒めてしまった。体のあちこちで関節が傷みを訴えていたから。それに、腕を枕代わりにねたので、血の循環も悪く、腕が痺れてきた。
椅子に坐ったまま寝てしまったのが、いけなかった。
ゆっくり上半身を起こし、ストレッチを始めた。
ようやく体が回復したところ、時計に目をやると、針が四時五十分をさした。二度寝ができると思い、ベッドに倒れて目を閉じると、昨日の夜、お風呂場で起きたことが、ありありと頭の中に浮かんできた。
いやな思い出は、そう簡単に忘れてしまうものではないと、マスオは実感した。そして、当然の事ながら、悩み始めた。
昨日、黒魂は何も見なかったけど、黒い影が自分に触れることができるって事は、自分にも抗うことができると、マスオは思った。
しかし、どうやって抵抗するかが問題だ。
黒い影は背丈が自分より高い。昨日、自分を風呂から軽く持ち上げたことから、力もあるのが分る。そんな相手にどうやってはむかうか?不安の念が、マスオの心で段々、膨らんだ。
仮に、自分が黒い影と戦ったとしても、戦いの火花が母さんの身にも及んだらどうしよう。母だけは傷付けたくない。
黒い影に自分の体をさらけ出すのが一番いい方法なのか?何もせずに、黒魂にされるままに?自分だけ大変な思いをしてすむことなら……。
自分にはそんな忍耐力があるか、確信がない。
ここまで考えると、マスオは強く頭を振った。
きっと何か方法があるはず。よく考えれば、黒い影に勝てずとも、撃退する方法はきっとある、とマスオは楽観的に考えようとした。こんなふうにもしないと、不安で夜までどう過ごせばいいか。
それでも、不安の念が心から消えたわけではない。ただの一時しのぎだけだ。
結局、二度寝はできず、ベッドに上でころころと、体をくねらせながら、時間を潰した。悩み事って、こんなにも人を苦しませるなんて、マスオは始めて知った。今までは楽な中学生の生活をしたのが懐かしくも感じた。
こうしているうちに、フミヨの呼び声が聞こえてきた。
「マスオ、朝だよ」
「起きました~」
「じゃ、早く準備して朝ごはん食べましょうね」
「は~い」
母の声に、一瞬だけ、いやな思いを忘れてしまったけど、自分の部屋を出て、風呂場のドアを見た瞬間、また忌々しい記憶が蘇った。
「マスオ、大丈夫?」
風呂場のドアをじっと見つめているマスオをみて、フミヨは心配で、声をかけた。突っ立っているマスオの顔から、今まで見たことのない恐怖を感じた。『母』という存在の感は鋭い。
「だ、大丈夫だよ」
マスオは元気を振り起して否定した。母には心配かけたくなくて。洗面所に入り、顔を洗い、歯を磨き、テーブルについた。
伝統的な日本の朝食に、マスオは幸せの気分を感じた。黒魂が与える重圧感から少しは解放したような感覚を覚えた。こんな平和な一日が始まったのに。
こんな生活があの黒い影に壊されるかもしれないと思うと、弱気になってきた。黒い影の言いなりになって、穏やかに物事を運ぶのも、悪くないと思い始めた。
これは駄目だ!と、マスオは強く否定し、残り少ない味噌汁を一気に飲んだ。
「ご馳走様でした」
「お粗末様です」
マスオはすぐ、自分の部屋い戻り、カバンに教科書を詰め込んだ。昼間には何とかしても、自分の身を守る方法を見つけないと、と思った。
家を後にして、学校へ行く道に、フスマは昨日の事をもう一度思いだしてみた。怖い思い出としてではなく、何か手掛かりがみつからないかと思って。
一番気になるのはやはり、頭にある、どこかと繋がっている黒い線だ。昨日の夕方にみた黒い影たちにはそんなものがなかった。それを 切ったら、黒い影は消えるのではないか?しかし、黒い線がなくても動く影のほうが普通のようだから、黒い影にダメージを与えることができないかもしれない。
黒い線だけではなく、ほかにも、弱点になりそうな何かないのかな?
しかし、マスオがいくら脳味噌を使っても、方法らしい方法は頭に浮かんでこなかった。
一人悩んでいるうちに、いつの間にか、学校についた。
校門の前にはアツコが、待っていました、というふうな顔をマスオに向けた。
「マスオ、スピーチの事はどうなったの?ちゃんと練習したんだよね」
「僕が練習しても、なんの役にも立てないと思うけど……」
「そんなことないよ。だって、マスオがやる仕事は誰でもやれるものではないよ!」
他の人が準備した資料をただ、決められた相手に配るだけの仕事なのに。アツコの大げさな物言いに、マスオは少しだけ不審を抱いた。
「それはおいといて、今日のマスオの顔色、あんまりよくないね。何があったの?」
「気のせいだよ。いつもの顔じゃないか」
「他人の目を誤魔化しても、私の目は誤魔化せないよ。きっと何かあったに違いない」
「本当に、アツコの気のせいだってば」
頑なに否定するマスオをみて、アツコもこれ以上追求しないことにした。
「じゃ、スピーチ大会は午後からだから、昼休みにもう一度、練習するからね」
「うん、分った」
こうやって、午前の授業は始まった。
先生は一生懸命に黒板に、何かを書いてるけど、マスオの頭の中には、黒い影の事でいっぱいだ。放課後までに、何か考えないと、自分の人生はめちゃくちゃにされそうな気がしたから。
椅子に坐ったまま寝てしまったのが、いけなかった。
ゆっくり上半身を起こし、ストレッチを始めた。
ようやく体が回復したところ、時計に目をやると、針が四時五十分をさした。二度寝ができると思い、ベッドに倒れて目を閉じると、昨日の夜、お風呂場で起きたことが、ありありと頭の中に浮かんできた。
いやな思い出は、そう簡単に忘れてしまうものではないと、マスオは実感した。そして、当然の事ながら、悩み始めた。
昨日、黒魂は何も見なかったけど、黒い影が自分に触れることができるって事は、自分にも抗うことができると、マスオは思った。
しかし、どうやって抵抗するかが問題だ。
黒い影は背丈が自分より高い。昨日、自分を風呂から軽く持ち上げたことから、力もあるのが分る。そんな相手にどうやってはむかうか?不安の念が、マスオの心で段々、膨らんだ。
仮に、自分が黒い影と戦ったとしても、戦いの火花が母さんの身にも及んだらどうしよう。母だけは傷付けたくない。
黒い影に自分の体をさらけ出すのが一番いい方法なのか?何もせずに、黒魂にされるままに?自分だけ大変な思いをしてすむことなら……。
自分にはそんな忍耐力があるか、確信がない。
ここまで考えると、マスオは強く頭を振った。
きっと何か方法があるはず。よく考えれば、黒い影に勝てずとも、撃退する方法はきっとある、とマスオは楽観的に考えようとした。こんなふうにもしないと、不安で夜までどう過ごせばいいか。
それでも、不安の念が心から消えたわけではない。ただの一時しのぎだけだ。
結局、二度寝はできず、ベッドに上でころころと、体をくねらせながら、時間を潰した。悩み事って、こんなにも人を苦しませるなんて、マスオは始めて知った。今までは楽な中学生の生活をしたのが懐かしくも感じた。
こうしているうちに、フミヨの呼び声が聞こえてきた。
「マスオ、朝だよ」
「起きました~」
「じゃ、早く準備して朝ごはん食べましょうね」
「は~い」
母の声に、一瞬だけ、いやな思いを忘れてしまったけど、自分の部屋を出て、風呂場のドアを見た瞬間、また忌々しい記憶が蘇った。
「マスオ、大丈夫?」
風呂場のドアをじっと見つめているマスオをみて、フミヨは心配で、声をかけた。突っ立っているマスオの顔から、今まで見たことのない恐怖を感じた。『母』という存在の感は鋭い。
「だ、大丈夫だよ」
マスオは元気を振り起して否定した。母には心配かけたくなくて。洗面所に入り、顔を洗い、歯を磨き、テーブルについた。
伝統的な日本の朝食に、マスオは幸せの気分を感じた。黒魂が与える重圧感から少しは解放したような感覚を覚えた。こんな平和な一日が始まったのに。
こんな生活があの黒い影に壊されるかもしれないと思うと、弱気になってきた。黒い影の言いなりになって、穏やかに物事を運ぶのも、悪くないと思い始めた。
これは駄目だ!と、マスオは強く否定し、残り少ない味噌汁を一気に飲んだ。
「ご馳走様でした」
「お粗末様です」
マスオはすぐ、自分の部屋い戻り、カバンに教科書を詰め込んだ。昼間には何とかしても、自分の身を守る方法を見つけないと、と思った。
家を後にして、学校へ行く道に、フスマは昨日の事をもう一度思いだしてみた。怖い思い出としてではなく、何か手掛かりがみつからないかと思って。
一番気になるのはやはり、頭にある、どこかと繋がっている黒い線だ。昨日の夕方にみた黒い影たちにはそんなものがなかった。それを 切ったら、黒い影は消えるのではないか?しかし、黒い線がなくても動く影のほうが普通のようだから、黒い影にダメージを与えることができないかもしれない。
黒い線だけではなく、ほかにも、弱点になりそうな何かないのかな?
しかし、マスオがいくら脳味噌を使っても、方法らしい方法は頭に浮かんでこなかった。
一人悩んでいるうちに、いつの間にか、学校についた。
校門の前にはアツコが、待っていました、というふうな顔をマスオに向けた。
「マスオ、スピーチの事はどうなったの?ちゃんと練習したんだよね」
「僕が練習しても、なんの役にも立てないと思うけど……」
「そんなことないよ。だって、マスオがやる仕事は誰でもやれるものではないよ!」
他の人が準備した資料をただ、決められた相手に配るだけの仕事なのに。アツコの大げさな物言いに、マスオは少しだけ不審を抱いた。
「それはおいといて、今日のマスオの顔色、あんまりよくないね。何があったの?」
「気のせいだよ。いつもの顔じゃないか」
「他人の目を誤魔化しても、私の目は誤魔化せないよ。きっと何かあったに違いない」
「本当に、アツコの気のせいだってば」
頑なに否定するマスオをみて、アツコもこれ以上追求しないことにした。
「じゃ、スピーチ大会は午後からだから、昼休みにもう一度、練習するからね」
「うん、分った」
こうやって、午前の授業は始まった。
先生は一生懸命に黒板に、何かを書いてるけど、マスオの頭の中には、黒い影の事でいっぱいだ。放課後までに、何か考えないと、自分の人生はめちゃくちゃにされそうな気がしたから。