「今回はこの町かあ~」

長月は埃を払いながらたち上がった。周りを見回すと、樹木に包まれていた。山の新鮮な空気をいっぱい吸い込んで、長月は歩き出した。そして、自分の裸姿を見て、つぶやいた。

「先ず、服を一枚こしらえないと……誰から一着借りちゃお」

あてもなく、森の中を歩いていると、すぐ目の前に、山小屋が現れた。

「この中に人がいればいいんだけど……。人がいたとしても、女の服など、あるのかな?」いろいろ考えつつ、山小屋に近づいた。
しかし、近づくにつれ、山小屋の中から人のもがき苦しむ声が漏れてきた。それとともに、男性の気狂った声も隙間から流れ出て来た。懐かしい匂いも感じた。獲物の匂い。

「中で大変な事が起こっているかも知れないけど。私にとっては好都合だよね。沢山の黒魂を吸収して、強くならないと。でも、こんなにもはやく黒魂に出くわすなんて、ついているかも、私は」

長月は山小屋のドアの前に立った。中で犯罪が行われている事は、百パーセント確定になった。

「でも、感じるからには、そんなに大した黒魂ではないが、ないよりましだよね」

こうつぶやいてから、葉月はいきなりドアをぱたんと開けた。長月の前には大体、予想したとおりの事が起こっていた。ただ、長月は床で女、いや、少女が侵されると思っていたが、実際は机の上で侵されていた。

長月に気付き、少女と黒魂に体を包まれた男は一斉に目をドアの方に向けた。ただ、違う眼差しで。少女は恐怖に満ちた視線、黒魂は邪魔者で不快になった目線を送った。

「助けて!」

少女は喘ぎながら長月に向かって助けを呼んだ。

しかし、長月は答えず、自分の言いたいことを話した。

「私が誰か知っているでしょう。黒魂の直感で」

黒魂は少女から離れ、真正面から長月に向き直った。発情中の男の裸、長月はいやな顔で眺めた。

「あ~、わかっているとも。もちろん、お前を食ったら強くなれるって事もね」

「本当に、自分の都合にいいことしか覚えないのね。忘れたようで教えてあげるけど、私もあんたを食べたら強くなれるよ。でもね、あんたは私を食べれないの。だって、私の方が強いって事は一目瞭然でしょう。……あっ、そうだ。バカにはつわものとの差を知らないんだ。だから、世の中には身の程知らない人がいっぱいいるんんだね。まぁ、あんたはもう『人』って呼べないけど」

長月の明らかな挑発的な言葉に黒魂はかっとなった。

「おれがバカだと!なら、どちらが食われるか、結果がすべてを語るんじゃないか!でも、簡単に死ねると思うな!お前を犯しまくって食ってやる!」

言い終えると、黒魂に包まれた男の体は長月に向かって駆け出した。まるで、体に墨を塗ったような恰好だ。

長月は軽く後ろに飛んで、黒魂の衝突をかわした。山小屋の中じゃ場所が狭いので、長月は黒魂を山小屋の外に誘き出した。

「あんたは赤い布に反応する牛なの?ごめんごめん、牛に例えると、牛に失礼だわ。あんたの動きはのろすぎるよ。簡単に避けられるんだもん」

黒魂は長月のからかいにかまわず、というより、一層怒りの感情をむき出しにしながら、狂い始めた。

「絶対、お前を食ってやる!」

「ふっふっ。ねぇ、バカはなぜ死ぬ運命なのかは知っている?」

長月は黒魂の攻撃を軽くかわしながら言った。

「そんなのしらねぇよ!知りたくもねぇよ!」

いくら攻撃を仕掛けても、やすやすとかわされる長月に苛立ちながら、黒魂は言葉を吐き捨てた。

「それはねぇ、バカだからだよ。自分と相手の能力の差を知らず、戦うんだから、死ぬしかないでしょう。あんたのように」

「よくも、おれのことを二回もバカ扱いしたなあ!」

しかし、黒魂がどんなに怒り狂っても、攻撃は長月に通用できなかった。かろうじて、長月の体に触れようとすると、すぐに、長月の長い髪によって、払いのけられた。

「このままあんたと遊ぶのも厭きたし、裸をみられるのもいやだから、終わりにするね」

長月は動きを止めて、黒魂がくるのを待っていた。

「逃げないのは、おれに殺されたいのかい?なら、殺してあげようじゃないか!」

「誰が死ぬかは、まだ分らないよ。おバカさん」

「おれはバカじゃねえよ!」

黒魂はこう吠えて、跳び上がり、空から長月に向かって、攻撃してきた。

長月は冷ややかな目付きで、空中から自分に向かってくる黒魂を見つめた。そして、黒魂との間が目と鼻の距離になった時、長月の髪はずさっと、黒魂の体を突き刺した。長月の髪は一つの束になり、先端は鋭いドリルのようだ。

黒魂は串のように刺され、長月の頭上に持ち上げられた。

「ほうら、私の言ったとおりでしょう。バカは死ぬって」

長月が息を吸うと、黒魂が吸い込まれた。

「やはり、弱い黒魂だね。早く、強い黒魂を食べて、力を増やさないと」

黒魂を吸収してから、長月は山小屋の中に入った。

少女は恐怖で体が激しく震えている。自分に近づく長月に気付き、後ずさったが、壁にぶつかり、もう退けないとわかってから、目を瞑り、頭を抱えて呻いた。

「安心して、私はあなたを害しないから。私は先の黒いやつに用があるだけよ」

長月は優しい言葉で少女を慰めてから、そっと手を少女の頭に載せた。

すると、少女は気を失ってしまった。

「少し休んでいてね。それから、服は借りるね。助けてあげたお礼だから、怒らないでね。これぐらいの礼ですむんだからむしろ、ありがたく思ってほしいわ」

話しおえてから長月は、少女の体から服を取って、自分の身につけた。

「悪くないね、この服」

一周まわってみて、長月は褒めの言葉を少女にあげた。少女に聞こえるはずはないのをしっていても。

部屋の隅に乱暴に捨てられた男子の服の中からシャツを取って、そっと少女の体を覆った。

「男の服でも着てかえってね。それじゃ」

山小屋を出た時に、太陽はもう燃え尽きた焚火のように、最後の光を投げ続けていた。