僕はその問いに答えなかった。葉月の事が心配で、桃色の問いに気を配って答える余裕などなくなった。

「葉月が、危ない」

言いながらも、葉月のいるほうに体を動かそうとしたが、体に鉛が入ったように重くて、動けない。

「この期に及んでも葉月、葉月って。あの月女のどこがいいの?月女は確かに私よりは背が高くてちょっとかわいいけど、私のどこがフモトに相応しくないの?そもそも、あの月女が地球に来たのはつい最近のことでしょう?そんなに早く恋に落ちたってわけ?私といた十数年の時間はなんだったの!」

僕が桃色の独り言じみた話に耳をかさなかった。両手を地面について体を無理に起こした。ようやくたち上がった。走るには無理があった。歩くのは問題なさそうだ。ただ、自分でもいらいらするほど遅い。亀より遅い。

傷を負った僕が葉月を助けることはできない事は十分わかっている。それでも、葉月の傍に行きたい。

そんな僕のバカらしい姿をみて、桃色は言葉を吐き出した。

「まさか、あの月女の所へ行く気じゃないのね?無駄だよ。だって、あの月女は私が始末したから。あの醜いおたまじゃくしと共に」

桃色の声を聞いた瞬間、自分でも信じられないほどの怒りを覚えた。振り返って桃色を睨む。そんな僕の視線を面白がってる桃色は言葉を続けた。

「フモトの気持ちはよく分ったよ。しかし、私がこのまま何もせずに引き下がると思わないでしょう?力を手に入れた以上、うまく使わなくては、力に申し訳ないでしょう。だから、無理やりにでも、フモトを私のものにする。そのためなら、邪魔になるものを全部消すのが一番いいでしょう?」

桃色の話が終ると共に、彼の体から黒い煙が出てきて、僕の方に向かって流れてきた。

僕は自分の体を動かして黒い煙からにげようとした。逃げながら葉月がいるはずの場所に向かった。

運転士たちと葉月が絡まっていたはずの場所が見え始めた。葉月と運転士たちがいるはずの場所には何もない。残っているのは黒い痕だけ。まるで緑色の絨毯に黒いシミが付いたような。

もっと近づいて確かめようとしたけど、左足の感覚が消え、踏み外して前のめりに倒れてしまった。黒い煙が左足を包んでしまった。黒い煙はたんだん僕の体に這い上がった。膝、太もも、腹、胸、首、やがては頭のところまで包もうとしているその時、僕は桃色が歩いてくるのが見えた。

「フモト、どんな感じ?」

「……」

「怖がらなくてもいいよ。だって、フモトは私が好きな男だから、この煙はフモトを消したりしないの」

「け、けす?」

「そう、この煙はね、消す力があるの。先の運転士を消したのを見たんじゃない?そのとおり」

「じゃ」

「そう、こんなふうにあの月女も消したんだから、あきらめてよ、フモト。私のことを好きになって?」

僕は顔を葉月がいたはずの場所に向けた。

すると、桃色が手で僕の顎を掴み、自分に目かい合うように無理やり、回した。

「あの月女じゃなく、私をみなさいよ!なんで私を見ないの?なんで?あの月女のどこがいいの?」

桃色の声が耳から入って、僕の頭を刺激する。痛い。このまま僕はどうすればいいのだろう。

こうしているうちにも、黒い煙は僕の頭を包んでいる。

やがて、僕の全身は煙に包まれ、気を失った。

最後に見えたのは桃色の悲しそうな顔だ。