お爺さんの言っている事の意味がますます分らなくなった。体育の先生は僕のせいでお爺さんに殺された。しかし、僕は体育の先生が死んでほしいほど憎んではいない。それに、お爺さんには体育先生の悪口など一度も言ったことがない。

「体育の授業が嫌いでしょう?体育の時間によくサボるから分った。だから、体育の先生を殺してあげたよ。他に嫌いにな授業があるの?お爺さんが代わりに消してあげようか?」

僕の頭は混乱し始めた。僕は震える声でお爺さんにきいた。

「お爺さん。サボることは殆どの生徒が一度くらいはやってます。でも、そうからといって、どの先生が死んでほしいと真剣に思っている生徒は一人もいないと思います。体育の先生を殺さなくてもいいじゃないですか!」

お爺さんは僕を見つめながら、しゃがれた声で話し出した。

「君がわしの孫に似ていたから」

「孫?」

お爺さんは淡々とした口調で語り出した。

「そう、わしの孫だよ。わしがまだ外科医として勤めていた時のことだ。わしには孫が一人いたよ。とてもいい子だよ。……しかし、小さい頃からいつもいじめられてばかり。最初は子供たちの戯れと思い、あまり気にはしなかった。それが、中学に通ってからも孫はいじめられている。わしは問題児の父母や担任の先生にも何回か訴えにいったが……いじめは消えなかった。あいつらはわしの孫の問題を軽く取り扱っていた」

お爺さんの声は興奮気味に変わった。

「わしは孫を転校させた。新しい環境の中なら、すべてが変わると信じていた。転校してから、孫は明るくなった。でも……それは全部わしに安心させようとする孫の芝居だったんだよ」

ここまで言ってお爺さんは口を噤んだ。

「お爺さんの孫は?」

僕の問いにお爺さんはゆっくりと口を開けた。

「自殺したよ。まだ小さいのに。わしが悪かったんだ。わしがもし孫の芝居に気付いたら……気付いてあげたら……」

「それはお爺さんのせいじゃないでしょう。両親もあるんじゃないですか?」

「死んだんだ。二人は孫が生まれた年に事故にあって死んだ」

お爺さんの話を聞いたら、両手の力が抜けてしまった。お爺さんはすぐ僕を振り落とし、遠く離れた所に立って話し続けた。

「わしは孫の日記を見て始めていじめ問題の張本人が体育の先生ということを知った。でも、当時わしには何もできなかった。その怒りを堪えて暮らし、今まで生きて来た。すると、数日前にわしは黒魂の力を手に入れることができた。最初はこの力に戸惑いもしたが、孫の仇のために、あの体育の先生を殺したら、この力の素晴らしさをわかったのだ。……黒魂の力はいいものだよ。人を殺したけど、何か足りないきがした。考えたあげくわしは悟ったのだよ。わしが助けるべき人は病院で死に掛けている人ではなく、この国の未来になる生徒達だ。孫の悲劇が二度と起こらないように、わしは生徒をいじめる人を殺すことに決めた。そのはじめとなったのがこの学校の体育先生だよ。死体は闇市場でいい値段で売った。死体はもちろん見つからないから失踪として片付けるでしょう」

お爺さんの怒りは当たり前だとは思っているし、同情の気持ちも少しはわいてきたが、許せなかった。

「お爺さん。あなたは間違っています。お孫さんはお爺さんに殺人鬼になってほしくないと僕は思います」

「わしが間違っていると?正しいかどうか、誰がわかるの?もしかしたら、孫は仇を討ったことを喜んでいるのかもしれないだろう」

「違いま、」

僕の傍を掠めて、お爺さんに飛んでいった髪の槍が僕の話を中断した。飛んでいく髪の後ろについて、葉月も走っていった。お爺さんはいとも容易く髪の槍を切ってしまった。それと同時に葉月はお爺さんの前についた。

葉月はお爺さんの両腕を掴んで倒そうとしたが、逆に、お爺さんに押し倒された。

「お嬢さんよ。力がまだまだだね」

葉月は抵抗をしなかった。見ると、葉月の両手から白い光が漂っていた。

「少しずつ力を削るつもりなのかね。でも、そうはさせないよ」

お爺さんは葉月の手を振り落とそうとした時、二本の髪の槍が飛んできて二人の左右両方の腕を一緒に、串のように貫いた。

この状態になったお爺さんはいきなり興奮し始めた。今までの余裕っぷりと違って。

しかし、どんなに力強く抵抗しても、離れることはできなかった。両手からはもうメスは出せなくなったらしく、膝で葉月の腹を何度も蹴った。

葉月はただ我慢しているだけだった。僕はすぐお爺さんの後ろに走っていき、後ろからもう足が使えないように両手で縛った。

お爺さんの抵抗の勢いも段々弱まってきて、最後は止まった。

「今日がわしのお終いの日のようだなあ」

葉月はすぐお爺さんの黒魂を吸い込んだ。黒魂がいなくなったお爺さんの顔はいつものようにぶっきらぼうな表情に戻ったけど、どこが優しさがあるように見えてきた。

今夜、お爺さんの黒魂を、葉月は吸い込んだけど、再び憎しみの炎はお爺さんの心の中で黒魂を生み出すことができるだろう。しかし、「月引症」を無事に乗り越えるかが、問題だ。今のお爺さんンの身体じゃ……

二人の手を串刺しにした髪の槍も消えた。

お爺さんの顔は何倍も憔悴したように見えた。地面に倒れたままじっと空を見つめていた。

「体は大丈夫?」

僕の問いに葉月はただ軽くうなずいた。

「壊れた校舎はどうしよう」

「どうすることもない」

こんなに異能力が使えるなら、もとに戻す異能力もあってほしかった。

葉月の体の傷口から白くて淡い光が光っていた。光が消えたら傷が全部癒されたことになるので、待つことにした。

一人ぼうっとしていると、お爺さんはゆっくりと体を起こし、壊れた保健室に向かって歩きだした。

「お爺さん!」

僕は呼びかけたが、お爺さんは答えてくれなかった。

お爺さんの姿が見えなくなるまで、僕はずっと見届けた。

気がづくと、葉月は校舎を離れようとしたところだ。僕は追いついた。

「お爺さんが『月引症』に苦しまないようにしてあげることはできないの?」

僕は控え目に聞いてみた。

「必要ない。彼の命はもう尽きた」

「せめて、苦しまずに死なせてあげては、駄目かな?」

「あなたのやっている事は、なんの役にもたたない。そうすれば、この世界に未練が残り、もっと強力な黒魂を生み出す恐れがある」

葉月の言葉を言い返せなかった。僕は黙って後ろについていった。