周りの景色が段々見慣れた景色に変わった。よく見ると、学校へいく道だ。まさかと思っていたが、葉月の足は学校の校門の前で立ち止まった。
夕日はもうすっかり闇に追い出された。
夜に学校を訪ねるってことは始めてだ。校内は完全なる闇に包まれた。昼はあんなにも陽気に溢れている学校なのに、夜になると、うす気味悪くさえ感じた。
「中に入るの?」
葉月は何も言わずに前へ進んだ。僕らを確認した警備員は近づいてきて、止めた。
「こんな時間になんの用だ?」
警備員の声から、幸福な時間を邪魔された時の独特の嫌味が感じられた。
「えーと、その……」
僕は何を答えればいいか迷っていると、葉月は軽く警備員の額を触った。すると、警備員は警備室に引き返した。
校内に入って葉月の後ろについて辿りついたのは、保健室の前だ。信じたくはないけど、聞いて確かめることにした。
「この中に黒魂があるの?」
葉月は頷いた。
ドアの隙間から明かりが漏れた。
保健室にはお爺さんしかいない。世間離れに見えるあのお爺さんの心の中にどんな黒魂が潜んでいるか、想像できない。
「間違ったりはしないの?」
「間違っていない」
葉月はきっぱりと答えた。そして、ぱたっとドアを開けた。
保健室にはスタンドの明かりしかいない。薄暗い灯の中で、お爺さんは机の前に坐って、何かを見ていた。
僕らの存在に気付き、ゆっくりと顔を上げた。まず、葉月をみてから、視線を僕に移した。
「ついにきたか。今週からフモト君の体から広がる微量な月のにおいに気づいた。いつかは来ると思ったけど、こうやって向き合うと不思議な気分になるんだね」お爺さんはいったん言葉を切ってからつづけた。「……どうだ?体育の時間がなくなったことは。嬉しいかい?」
なぜ体育の話をするのかは分らないが、とりあえず僕は、答えてあげることにした。
「はい。まあ……」
「そうか。よかった、よかった」
お爺さんが話している途中、隣に立っている葉月が息を吸う音が聞こえた。
葉月の息を吸う音はこぢんまりとした保健室の中でこだました。音が消えても黒魂がお爺さんの身体から出てくる気配はなかった。
お爺さんは椅子から立ち上がった。いつの間にか、両手にはメスを握っていた。
「お嬢さんよ。うちの学校の生徒をつれてずいぶんと危ないことをやっているようだけど、先生としてはこれ以上ほうっておくわけにはいかないよ。保健の先生だけどね」
話が終るなり、お爺さんは葉月の前に飛びついてきて、交差した両手を横に薙いだ。葉月は後ろに跳び退いたが、お爺さんの攻撃を完全に避けることはできなかった。腹に細長い傷ができて、赤い血が流れ出てきた。
葉月は傷を癒そうとせず、すぐ髪を抜いてお爺さんに向けて投げつけた。
髪は槍の形になってお爺さんに向かった。
お爺さんは飛んでくる髪の槍をすばやく、そして簡単に避けながら後ろにひいた。とても年寄りの動きとは思えなかった。髪の槍が全部床に突き刺されるのを見てから、お爺さんは足を止めて、僕らを眺めた。
「まだ未熟だね、お嬢さん」
お爺さんの話が終ると、床に突き刺した髪は一枚一枚に切られ、ひらひらと舞い降りた。まるで花びらのようだ。
「お嬢さんよ。わしの黒魂はあなたに渡せないよ。もしこのまま帰るなら、わしも追い詰めたりはしない。お嬢さんたちの戦いにも手を出さない。どう?」
葉月は答えず、髪を投げ出した。
「年寄りの言葉を聞かないと、後悔するよ、お嬢さん」
お爺さんはまた僕らに向かって飛んできた。正面からお爺さんに飛んでいった髪の槍はすべてメスによって切られた。
その時、葉月はまた髪を抜いけど、今度はお爺さんに向けて投げたのではなく、天井に向けて射た。髪の槍はすぐ天井を貫いた。天井が崩れ始めた時、葉月は僕をの腕を掴んで保健室から飛び出した。
屋外に来て、僕は大きく穴を開いた校舎を見ながら葉月に話しかけた。
「壊された。明日になったらきっと大騒ぎになるよ」
「仕方がない」
「こんな騒ぎになったら、誰かに見られるかもしれないよ?」
「大丈夫」
葉月は自信たっぷりに言ったので、反論はしなかった。
僕がちょろちょろと誰かに見られていないかと周りを見まわすと、葉月は僕に、離れて、と言った。
僕は素直に葉月の言葉を聞いて、少し離れたところまで下がった。
少し離れた場所から、恐る恐る葉月の背中越しに封建室の方を見つめると、瓦礫の中から、お爺さんが飛び出てきた。地面に着いたお爺さんは服についた埃をはらいならが、「お嬢さん、あそこはわしの仕事場だよ。勝手に壊してしまったら、困る。それに、その償いも大きいからね」と言った。
お爺さんの姿は消えたと思ったら、次の瞬間、葉月の前に現れた。
葉月はお爺さんの攻撃にせめられ、避けながら、後退した。お爺さんの攻撃を全部避けたのだと思ったけど、そうではなかった。葉月の身体のあちこちから、赤い線が現れたのが見えたからだ。
もう退けないところまで来た葉月は空に飛び上がり、地面にあるお爺さんに向けて髪を射た。射た髪は多かったが、お爺さんにダメージを与えることはできなかった。お爺さんは同じ場所に立って、空から降りてくる髪の槍を切った。
夕日はもうすっかり闇に追い出された。
夜に学校を訪ねるってことは始めてだ。校内は完全なる闇に包まれた。昼はあんなにも陽気に溢れている学校なのに、夜になると、うす気味悪くさえ感じた。
「中に入るの?」
葉月は何も言わずに前へ進んだ。僕らを確認した警備員は近づいてきて、止めた。
「こんな時間になんの用だ?」
警備員の声から、幸福な時間を邪魔された時の独特の嫌味が感じられた。
「えーと、その……」
僕は何を答えればいいか迷っていると、葉月は軽く警備員の額を触った。すると、警備員は警備室に引き返した。
校内に入って葉月の後ろについて辿りついたのは、保健室の前だ。信じたくはないけど、聞いて確かめることにした。
「この中に黒魂があるの?」
葉月は頷いた。
ドアの隙間から明かりが漏れた。
保健室にはお爺さんしかいない。世間離れに見えるあのお爺さんの心の中にどんな黒魂が潜んでいるか、想像できない。
「間違ったりはしないの?」
「間違っていない」
葉月はきっぱりと答えた。そして、ぱたっとドアを開けた。
保健室にはスタンドの明かりしかいない。薄暗い灯の中で、お爺さんは机の前に坐って、何かを見ていた。
僕らの存在に気付き、ゆっくりと顔を上げた。まず、葉月をみてから、視線を僕に移した。
「ついにきたか。今週からフモト君の体から広がる微量な月のにおいに気づいた。いつかは来ると思ったけど、こうやって向き合うと不思議な気分になるんだね」お爺さんはいったん言葉を切ってからつづけた。「……どうだ?体育の時間がなくなったことは。嬉しいかい?」
なぜ体育の話をするのかは分らないが、とりあえず僕は、答えてあげることにした。
「はい。まあ……」
「そうか。よかった、よかった」
お爺さんが話している途中、隣に立っている葉月が息を吸う音が聞こえた。
葉月の息を吸う音はこぢんまりとした保健室の中でこだました。音が消えても黒魂がお爺さんの身体から出てくる気配はなかった。
お爺さんは椅子から立ち上がった。いつの間にか、両手にはメスを握っていた。
「お嬢さんよ。うちの学校の生徒をつれてずいぶんと危ないことをやっているようだけど、先生としてはこれ以上ほうっておくわけにはいかないよ。保健の先生だけどね」
話が終るなり、お爺さんは葉月の前に飛びついてきて、交差した両手を横に薙いだ。葉月は後ろに跳び退いたが、お爺さんの攻撃を完全に避けることはできなかった。腹に細長い傷ができて、赤い血が流れ出てきた。
葉月は傷を癒そうとせず、すぐ髪を抜いてお爺さんに向けて投げつけた。
髪は槍の形になってお爺さんに向かった。
お爺さんは飛んでくる髪の槍をすばやく、そして簡単に避けながら後ろにひいた。とても年寄りの動きとは思えなかった。髪の槍が全部床に突き刺されるのを見てから、お爺さんは足を止めて、僕らを眺めた。
「まだ未熟だね、お嬢さん」
お爺さんの話が終ると、床に突き刺した髪は一枚一枚に切られ、ひらひらと舞い降りた。まるで花びらのようだ。
「お嬢さんよ。わしの黒魂はあなたに渡せないよ。もしこのまま帰るなら、わしも追い詰めたりはしない。お嬢さんたちの戦いにも手を出さない。どう?」
葉月は答えず、髪を投げ出した。
「年寄りの言葉を聞かないと、後悔するよ、お嬢さん」
お爺さんはまた僕らに向かって飛んできた。正面からお爺さんに飛んでいった髪の槍はすべてメスによって切られた。
その時、葉月はまた髪を抜いけど、今度はお爺さんに向けて投げたのではなく、天井に向けて射た。髪の槍はすぐ天井を貫いた。天井が崩れ始めた時、葉月は僕をの腕を掴んで保健室から飛び出した。
屋外に来て、僕は大きく穴を開いた校舎を見ながら葉月に話しかけた。
「壊された。明日になったらきっと大騒ぎになるよ」
「仕方がない」
「こんな騒ぎになったら、誰かに見られるかもしれないよ?」
「大丈夫」
葉月は自信たっぷりに言ったので、反論はしなかった。
僕がちょろちょろと誰かに見られていないかと周りを見まわすと、葉月は僕に、離れて、と言った。
僕は素直に葉月の言葉を聞いて、少し離れたところまで下がった。
少し離れた場所から、恐る恐る葉月の背中越しに封建室の方を見つめると、瓦礫の中から、お爺さんが飛び出てきた。地面に着いたお爺さんは服についた埃をはらいならが、「お嬢さん、あそこはわしの仕事場だよ。勝手に壊してしまったら、困る。それに、その償いも大きいからね」と言った。
お爺さんの姿は消えたと思ったら、次の瞬間、葉月の前に現れた。
葉月はお爺さんの攻撃にせめられ、避けながら、後退した。お爺さんの攻撃を全部避けたのだと思ったけど、そうではなかった。葉月の身体のあちこちから、赤い線が現れたのが見えたからだ。
もう退けないところまで来た葉月は空に飛び上がり、地面にあるお爺さんに向けて髪を射た。射た髪は多かったが、お爺さんにダメージを与えることはできなかった。お爺さんは同じ場所に立って、空から降りてくる髪の槍を切った。