高校三年生になったので、土曜日も授業があった。仮病でも使って学校を休もうと思ったけど、朝、葉月に起こされて朝ごはんを作った後、僕を学校へ行かせた。
行きたくなかった。来週の月曜日からは月たちの戦いが始まる。葉月が運命の人と一緒に暮らせるかどうかの戦いが。僕が葉月と一緒にいられる時間は限られているのに。でも、そんな僕の思いも知らず葉月は無理やり僕を学校へ送った。
教室に着くと、勉強といる雰囲気に包まれて、重苦しい空気が僕の肩を押さえた。こんな気分は一番嫌いだ。
葉月は家にいる。会えないことはない。しかし、勉強には集中できず、頭の中は葉月のことでいっぱいだ。ぼうっと本を見つめることが、今日のできる精一杯のことだ。
自分の席に坐った。少しして桃色が入ってきた。目の下にくまが出来たのをみて、徹夜してゲームを遊んだのが容易に推測できる。
もうすぐ模擬試験なので、休憩時間にも生徒の話し声は聞こえなくなった。聞こえるのはペンと紙が擦れあう音だけだ。
休憩時に、ちょっとしたゴシップが耳に入った。あの貧弱な体育先生がついに病気にやられて家で休んでいるらしい。きっと大変な病気だろう。だって、あの先生は根性だけがとりえなんだから。今まで、どんな病気にかかっても学校へきたから。
昼休みに桃色と一緒に食堂へ行った。
「ゲームはどうだった?クリアしたの?」
僕の問いに、桃色は欠伸をしてから答えてくれた
「うん。やっとクリアした。……そのため、昨日は一睡もしなかったの」
「ゲームなんかやらなければいいのに」
「無理無理。ゲームは僕にとって空気と同様に大切なの」
「じゃ、空気とゲームの二つの中で一つしか選べないなら、どれにする?」
桃色は頭を抱えて考えこんだ。
「考えることか!」
「だって、どちらも失いたくないよ」
桃色はまだ子供だ、と自分に言い聞かせてご飯を平らげた。でも、二十歳未満の人なら、誰だって子供だ。社会の洗礼を受けなければ、大人ぶっていても、大人の目は誤魔化せない。
「そうだ。今日も保健室へ行くの」
昼ご飯を食べ終わって、教室に戻る廊下で桃色はきいてきた。
「できればね」
「保健室に何かいいものでもあるの?」
「ないよ。何でそう聞くの?」
「だって、毎日のようにいくんだから。もしかして、お爺さんと何か変なことをしていないでしょうね!」
「そんな事するわけないでしょう。っていうか、お爺さんと変なことって、どんな事を想像していたの?」
桃色は言葉に詰った。そして僕は、林檎より赤くなった桃色の顔を見た。いったいどんな想像をしたら、あんなに顔を赤くさせるんだろう。
教室についたけど、やはり勉強する気が全然なかった。授業が始まる前に、担任に言って、保健室へ行った方がいいと思い、職員室へ向かった。廊下で担任とぱったり出会った。
「もうすぐ授業だよ。どこへ行く?フモト君」
「先生を捜していました」
僕はできるかぎり、病気がかかったふりをした。
「頭がとても痛いので、保健室へ行っていいですか?」
「最近よく保健室へ行くんじゃないか。他の先生から全部聞いたよ。本当に病気なの?」
担任は不審の眼差しを僕に向けた。
このままじゃ駄目だと思い、僕はすぐ片手を額に乗せ、壁に寄りかかった。
「先生、本当に頭が痛いんです。休ませてください」
僕の演技は下手じゃないみたい。担任は僕を背負って保健室へ行こうとしたのを、断って、一人で行った。
保健室に入ると、お爺さんはある生徒の診査をしているところだった。僕をみたら、顎でベットをしめし、生徒の診査にまた取り掛かった。
この生徒はどこが痛いだろうと思いながら、僕は寝てしまった。
桃色が僕を眠りの国から引っ張り出した。もう十分寝たので、教室に帰ってもいいと思った。
「僕ね、フモトの演技を見たよ」
廊下を歩きながら桃色は言った。
「僕の演技はどうだった?」
「下手だよ」
「そんなはずないでしょう。先生は信じたんだから」
「先生は演技っていうものを知らないから、フモトの下手な演技に誤魔化されたんだよ」
「ものは見る人によってだよ」
「そうね。素人が見たら上手に見えてくるし、玄人がみたら下手に見えてくるからね 」
「やけに絡んでくるんじゃない?桃色」
「そんな事ないよ」
桃色はまた何かを言おうとしたが、教室に入ったので、何も言わずに自分の席へ向かった。何のことだろうと思っていたが、今言わないなら、別に大したことでもないと思ったので、あえてきこうともしなかった。
放課後はいつも遅くやってくる。終わる時間はいつも同じだけど、気持ちが遅く感じる。桃色は僕より早く教室を出て行った。どうしたんだろう、僕に絡んでこないなんて何があったのかなぁ、と思ったが、葉月の事がもっと気になった。
バス停で桃色に会えた。
「先に帰ったんじゃなかったの?」
「帰ってないよ。ここでフモトを待っていたんだもん」
「何で?」
「今日こそ一緒に帰ろうと思って」
「でも、家の方向が違うでしょう?」
「行きたいところがあるの。バスでいくと、ちょうどフモトが降りるバス停を通るから、一緒に行きたいの」
「そう?でも、桃色はまだ子供だから真っすぐ家に行きましょうね」
桃色は頭を下げて黙っていた。僕は黙認と決めつけた。この時ちょうどバスが来たので、乗り込んで桃色に向かって手を振ったが、桃色はずっと頭を下げたままだった。
家近くのバス停で降りまずスーパーへ向かった。冷蔵庫には冷凍食品がもうないから。特に、葉月がすきな冷凍ギョーザと冷凍チャーハン。
スーパーに向かう途中、ずっと視線を感じた。バスから降りてからはもすぐ感づいたけど、やはり僕の気のせいではない。この時、横町に差し掛かったので、僕はすばやく入り、電柱の陰に身を隠した。
待っていると、すぐ誰かが通り過ぎるのが見えた。後ろ姿から桃色だという事がはっきりと分った。
「桃色!」
僕に呼びかけられて、桃色はびくっと身体を震え、振り返った。
「ここで何してるの?」
「わ、わたしね、ゲームストアへ行こうとしているの」
桃色は明らかに慌てている。
「ここから?」
僕が疑うような目を向けると、桃色は顔をそらした。
「この町にずいぶんと住んだけど、ゲームストアがあるとは」
「つい最近できたの。こ、ここからが近道なの。知らなかったの?知らないよね、フモトはゲームに興味ないんだから」
桃色がそういうなら、そうだろう。それに、桃色が僕を尾行する理由が分らないし、尾行するはずもない。
「でも、すぐ模擬試験だよ。勉強しないの?」
僕がもう疑うような目線を送っていないので、桃色の表情もやわらげになった。
「大丈夫大丈夫」
「あんまりゲームばっかりすると、目が悪くなるよ」
「それも大丈夫だよ」
「じゃ、僕はもう家に帰るから。日が暮れないうちに家に帰ってね」
「子供扱いはしないでと言ったでしょう」
桃色と別れて、僕は再びスーパーに向かった。
行きたくなかった。来週の月曜日からは月たちの戦いが始まる。葉月が運命の人と一緒に暮らせるかどうかの戦いが。僕が葉月と一緒にいられる時間は限られているのに。でも、そんな僕の思いも知らず葉月は無理やり僕を学校へ送った。
教室に着くと、勉強といる雰囲気に包まれて、重苦しい空気が僕の肩を押さえた。こんな気分は一番嫌いだ。
葉月は家にいる。会えないことはない。しかし、勉強には集中できず、頭の中は葉月のことでいっぱいだ。ぼうっと本を見つめることが、今日のできる精一杯のことだ。
自分の席に坐った。少しして桃色が入ってきた。目の下にくまが出来たのをみて、徹夜してゲームを遊んだのが容易に推測できる。
もうすぐ模擬試験なので、休憩時間にも生徒の話し声は聞こえなくなった。聞こえるのはペンと紙が擦れあう音だけだ。
休憩時に、ちょっとしたゴシップが耳に入った。あの貧弱な体育先生がついに病気にやられて家で休んでいるらしい。きっと大変な病気だろう。だって、あの先生は根性だけがとりえなんだから。今まで、どんな病気にかかっても学校へきたから。
昼休みに桃色と一緒に食堂へ行った。
「ゲームはどうだった?クリアしたの?」
僕の問いに、桃色は欠伸をしてから答えてくれた
「うん。やっとクリアした。……そのため、昨日は一睡もしなかったの」
「ゲームなんかやらなければいいのに」
「無理無理。ゲームは僕にとって空気と同様に大切なの」
「じゃ、空気とゲームの二つの中で一つしか選べないなら、どれにする?」
桃色は頭を抱えて考えこんだ。
「考えることか!」
「だって、どちらも失いたくないよ」
桃色はまだ子供だ、と自分に言い聞かせてご飯を平らげた。でも、二十歳未満の人なら、誰だって子供だ。社会の洗礼を受けなければ、大人ぶっていても、大人の目は誤魔化せない。
「そうだ。今日も保健室へ行くの」
昼ご飯を食べ終わって、教室に戻る廊下で桃色はきいてきた。
「できればね」
「保健室に何かいいものでもあるの?」
「ないよ。何でそう聞くの?」
「だって、毎日のようにいくんだから。もしかして、お爺さんと何か変なことをしていないでしょうね!」
「そんな事するわけないでしょう。っていうか、お爺さんと変なことって、どんな事を想像していたの?」
桃色は言葉に詰った。そして僕は、林檎より赤くなった桃色の顔を見た。いったいどんな想像をしたら、あんなに顔を赤くさせるんだろう。
教室についたけど、やはり勉強する気が全然なかった。授業が始まる前に、担任に言って、保健室へ行った方がいいと思い、職員室へ向かった。廊下で担任とぱったり出会った。
「もうすぐ授業だよ。どこへ行く?フモト君」
「先生を捜していました」
僕はできるかぎり、病気がかかったふりをした。
「頭がとても痛いので、保健室へ行っていいですか?」
「最近よく保健室へ行くんじゃないか。他の先生から全部聞いたよ。本当に病気なの?」
担任は不審の眼差しを僕に向けた。
このままじゃ駄目だと思い、僕はすぐ片手を額に乗せ、壁に寄りかかった。
「先生、本当に頭が痛いんです。休ませてください」
僕の演技は下手じゃないみたい。担任は僕を背負って保健室へ行こうとしたのを、断って、一人で行った。
保健室に入ると、お爺さんはある生徒の診査をしているところだった。僕をみたら、顎でベットをしめし、生徒の診査にまた取り掛かった。
この生徒はどこが痛いだろうと思いながら、僕は寝てしまった。
桃色が僕を眠りの国から引っ張り出した。もう十分寝たので、教室に帰ってもいいと思った。
「僕ね、フモトの演技を見たよ」
廊下を歩きながら桃色は言った。
「僕の演技はどうだった?」
「下手だよ」
「そんなはずないでしょう。先生は信じたんだから」
「先生は演技っていうものを知らないから、フモトの下手な演技に誤魔化されたんだよ」
「ものは見る人によってだよ」
「そうね。素人が見たら上手に見えてくるし、玄人がみたら下手に見えてくるからね 」
「やけに絡んでくるんじゃない?桃色」
「そんな事ないよ」
桃色はまた何かを言おうとしたが、教室に入ったので、何も言わずに自分の席へ向かった。何のことだろうと思っていたが、今言わないなら、別に大したことでもないと思ったので、あえてきこうともしなかった。
放課後はいつも遅くやってくる。終わる時間はいつも同じだけど、気持ちが遅く感じる。桃色は僕より早く教室を出て行った。どうしたんだろう、僕に絡んでこないなんて何があったのかなぁ、と思ったが、葉月の事がもっと気になった。
バス停で桃色に会えた。
「先に帰ったんじゃなかったの?」
「帰ってないよ。ここでフモトを待っていたんだもん」
「何で?」
「今日こそ一緒に帰ろうと思って」
「でも、家の方向が違うでしょう?」
「行きたいところがあるの。バスでいくと、ちょうどフモトが降りるバス停を通るから、一緒に行きたいの」
「そう?でも、桃色はまだ子供だから真っすぐ家に行きましょうね」
桃色は頭を下げて黙っていた。僕は黙認と決めつけた。この時ちょうどバスが来たので、乗り込んで桃色に向かって手を振ったが、桃色はずっと頭を下げたままだった。
家近くのバス停で降りまずスーパーへ向かった。冷蔵庫には冷凍食品がもうないから。特に、葉月がすきな冷凍ギョーザと冷凍チャーハン。
スーパーに向かう途中、ずっと視線を感じた。バスから降りてからはもすぐ感づいたけど、やはり僕の気のせいではない。この時、横町に差し掛かったので、僕はすばやく入り、電柱の陰に身を隠した。
待っていると、すぐ誰かが通り過ぎるのが見えた。後ろ姿から桃色だという事がはっきりと分った。
「桃色!」
僕に呼びかけられて、桃色はびくっと身体を震え、振り返った。
「ここで何してるの?」
「わ、わたしね、ゲームストアへ行こうとしているの」
桃色は明らかに慌てている。
「ここから?」
僕が疑うような目を向けると、桃色は顔をそらした。
「この町にずいぶんと住んだけど、ゲームストアがあるとは」
「つい最近できたの。こ、ここからが近道なの。知らなかったの?知らないよね、フモトはゲームに興味ないんだから」
桃色がそういうなら、そうだろう。それに、桃色が僕を尾行する理由が分らないし、尾行するはずもない。
「でも、すぐ模擬試験だよ。勉強しないの?」
僕がもう疑うような目線を送っていないので、桃色の表情もやわらげになった。
「大丈夫大丈夫」
「あんまりゲームばっかりすると、目が悪くなるよ」
「それも大丈夫だよ」
「じゃ、僕はもう家に帰るから。日が暮れないうちに家に帰ってね」
「子供扱いはしないでと言ったでしょう」
桃色と別れて、僕は再びスーパーに向かった。