これ以上見切れなくなった僕は女性を抱いて逃げる事くらいはできると思った。しかし、そんなことを考えている僕の前に、葉月が立ちふさがった。僕は、葉月の肩越しに店員が鋏を女性の腕に置いたのが見えた。

葉月は急に走り出し、高く飛び上がった。髪をひんぬいて、店員に投げつけた。髪はすぐ矢の形に変わり店員に向かって飛んでいった。

でも、今度も、店員は容易く髪を全部切ってしまった。

「そんなに我慢できないなら、あんたの方から先に切断してあげる!」

話し終えて、店員は葉月に向かって飛びついた。

葉月は空中に止まったまま、店員が来るのを待っていた。そして、もう一度髪を抜いて、店員目当てに投げた。しかし、髪は店員の鋏の前であまりにも弱かった。

店員の鋏がもうすぐで葉月に届きそうになったところ、上空から二本の髪の矢が鋏に飛びついた。髪の矢は鋏の刃面と衝突し、店員と鋏を地面にたたき付けた。

葉月は店員に立ち上がる機会をあたえないようと、髪を毟りとり、店員に向かって投げつけた。髪の矢が地面に突き刺さり、埃を起こした。

埃に包まれ、店員の様子が確認できないと思ったら、鋏だけが現れ地面に刺さっている髪を切った。

髪を全部切って店員は空に浮かんでいる葉月を睨んで、また飛んで行った。

僕は女性を助ける絶好のチャンスだと思い、走った。瞬く間に女性の傍についた。両足を全部切断された女性は静かに眠っている。こんなにたくさんの血を流したら生きられないと分ったけど、念のために、手を女性の鼻孔に差し出した。

「触らないで!」

もうすぐで女性の息が確かめられそうになったところ、店員の叫び声が聞こえた。僕はびっくりして、つい、手を引っ込んでしまった。

声のする方をみると、店員はすごい速さで走ってきた。

すさまじい形相の店員の迫力に、僕は逃げようとしても足はいう事を聞かない。店員の開かれた鋏が僕と段々近づいているその時、葉月が一瞬にして僕の目の前に現れた。

葉月は僕の前で店員の鋏の刃を掴んだ。葉月の両手からは鮮血が流れてきた。

「やあだね、あんたの力ってこれしかないの?」

店員の嘲笑に葉月は何も言わず、鋏の刃を握り締めていた。葉月の身体が小刻みに震えだした。

「どこか安全の場所へ行って!女性はもう死んだ」

目の前で行われたことに気を捕らわれた僕は、葉月の言葉で我に返った。女性が死んだからには、葉月の話とおりに行動するしかない。それに、今の僕には手助けのできるほどでもない。

僕は走り出し、近くの木にしがみついた。

葉月は僕に違う世界を見せてくれるといった。葉月の言ったとおり、僕は見る観客にしかできない。舞台に上がって一緒に演じることなんて、僕はできない。現に、今もこうやって、見ているだけ。

葉月は力を入れ、店員をは押し返し、後ろへ何歩かさがるとすばやく髪を抜いて、店員に向けて投げた。髪の矢は店員に向かって電光石火のこどく飛んでいった。

しかし、たくさんの髪の矢が前から来ても店員は慌てず、余裕に鋏を振り回した。

店員と葉月は互いに向かって走り出した。葉月は髪を抜いたけど、今回はすぐ投げなかった。店員とぶつかりそうになる頃を見計らって、飛び越し、一回転しながら店員の背中に向けて髪を投げつけた。

髪の矢は速いが、店員の反応も早かった。すぐ身を回した。全部切ってしまうには無理と思い、店員は鋏で髪の矢を横に払った。

葉月は店員に休む暇を与えず、また髪を投げつけた。

正面から飛びついてくる髪の矢は切ったが、横にはらってしまった髪の矢がまた攻撃してくるのを、店員は気づかなかったらしく、避けられぜ、刺された。

店員は苦痛の叫びを漏らした。

「あんたの身体を、絶対私の鋏で切ってやる!」

店員は右手で鋏を持ち、左手で背中の髪を抜き始めた。

もちろん、葉月はこのチャンスを見逃さず、次から次へと髪を射た。

店員は鋏を自分の前に立たせたけど、髪は鋏を回して、店員に向かった。

店員は鋏で飛んでくる髪をはねかえしながら、自分の背中に刺さった髪を抜いた。そして、抜かれた髪をすばやく切って、しつこく自分を追ってくる髪を全部切断した。

怒りに全身を震えている店員は叫びながら、葉月に向かった。

思うままに振り回せれている鋏を、葉月は避けながら後ずさった。

店員は葉月が後ろに避ける瞬間を狙って、鋏の片方の柄を掴み身体を一回転した。開かれたもう片方の柄は葉月の横腹に激突した。

葉月は弾かれ、木にぶつかり地面に滑り落ちた。

地面に手をついて立ち上がろうとする葉月の目の前に、店員はいつの間にか立っていた。

店員は葉月の横腹を蹴り、仰向けになった葉月の胸に足を踏みつけて、見下した。

「あんた、以外と綺麗だね。花のように美しくならない?あっ、間違った。花より美しくならない?私がめかしてあげる。あんたもきっと気に入ると思うわ」

葉月は何も言わず、ゆっくりと右手を頭の方に移した。たが、店員の目を誤魔化すことはできなかった。葉月の手が髪に届く前に、店員の鋏は先に葉月の右手を切断した。

「やめて!」

僕が店員に向けて叫んだけど、僕にはかまわなかった。

葉月の悲鳴は長い間、夜空の下で徘徊した。

「こうなった以上、変な真似はもうしないでしょう」

そして、店員は僕に向けて話し続けた。

「速く彼女に、『お前は花より綺麗だよ』といって。……じゃないと彼女、死んじゃうよ」