学校に行くとやっぱり桃色に絡まれた。

「昨日なにしたの?なぜ学校休んだの?どこか痛いの?」

いろいろと問いかけてきた。僕は適当な嘘でその場を凌いだけど、桃色の顔からは、不審の表情がありありと浮かんできた。いつもの僕と違う事に少しは気づいているのだろう。幼なじみなんだから。

午前の授業が終わり、昼ご飯を食べてから僕は保健室に直行した。桃色の目を盗んで。知られたらついてくるかもしれないし、いろいろと仮病をつかる理由を聞かれるから。

保健室の先生と言えば、大体の人たちは胸の大きいセクシーな女の医師がが思い浮かぶかもしれないけど、うちの学校の保健の先生は六十歳くらいのお爺さんだ。まぁ、とっても優しいお爺さんだ。

僕が入っていくのをみてお爺さんは眼鏡越しに僕を見据えた。

「ただ授業をサボりたいだけだろう。あそこに空いているベットがあるから、寝ていい」

さすがに保健の先生。僕が仮病かどうかは一目でわかる。決まり悪い笑顔をお爺さんに見せてから、頼み事を言った。

「学校を出たいんですけど、おじいちゃん、手伝ってくださいよ」

お爺さんんは『やれやれ』と言わんばかりに、診断証明書に何かを書いてから僕に渡した。学校授業中に出たい時には必ず先生の『XX証明書』が必要だ。保健室のお爺さんとは一番仲がいいので頼んだだけ。これまでも何度か診断証明書を描いてもらったこともあったので。

「悪いことをするんじゃないんだよね?」

「そんなことないんですよ。僕がそんなふうに見えますか?」

「見えないね、念のために」

お爺さんは笑いながら早く行けって、手でドアを指した。

僕はお爺さんにお礼をいって学校を出た。

急いで家に帰った。ドアを開けると、静かな室内に不安を感じた。葉月がいないんじゃないかって。

僕は足音を忍びながら自分の部屋に近づいた。そっとドアを開くとやはり誰もいなかった。一瞬、絶望と失望が一緒に僕の心を襲った。

昨日見た違った世界がまたありありと頭の中に浮かんである。これから見られないと思ったら、崖っぷちに立たされた気持ちになった。崖っぷちからは底のしれない黒い海が見える。

これからどうしようと一人考えているその時、ドアを叩く音が聞こえてきた。こんな時間に誰だろうと思いながら呼びかけてみた。

「誰ですか?」

「私」

葉月の声だ。僕は思いっきりドアを開けた。会いたがった葉月が目の前に立っていた。

「どこへ行ったの?」

葉月に再開した興奮で声が上ずっていた。

「屋上まで」

「よかった」

絶望から希望への乗り換えがこんなにも感激できることだって初めて感じた。こんな感情を揺さぶることに遭遇したことがなかったから。

「何か食べてからでかけよう」

「うん!何が食べたい?」

「ギョーザ」

葉月は一瞬の迷いもなく答えた。

「すぐ温めるからちょっと待って」

葉月にご飯を食べさせてから出かけた。

昼の街は人で鮨詰め状態だ。平日の昼なのに、こんなに人がいるんだ。

眩しく熱く照りつける日光を浴びながら家族、もしくは恋人と一週間最後の日を満喫しようとしている。こんな普通に見える人々の心の中にも、誰にも知られたくない秘密の黒があるだろう。

いつの間にか、僕らは花屋の前に来た。花屋の店員は僕と葉月を見て、笑顔を浮かべながら寄ってきた。しかし、葉月を見た瞬間、店員の顔は歪み始めた。この大きな差に僕は少々驚いた。店員の歪めた顔はとても人間技とは思わなかったから。

そんな店員を前にして、葉月は息を吸おうとした。僕はすばやく葉月の手を掴んでやめさせた。葉月が何をしようかをすぐわかったから。

「何してる?」

「こっちのセリフ。あなたこそ何をしている?私が黒魂を食べるに邪魔してほしくないけど」

「周りは全部人よ。ここでやりあうのはいけないの、昨日みたいに周りに被害を加える恐れがある」

「大丈夫。人間の目からは人体を離れた黒魂は見れない、人気の少ないところまで誘因すればいい」

「せめて、人気の少ない時にやりましょうよ」

僕のお願いを聞いたのか、葉月はわかったとうなずいた。花屋を離れる前に、葉月は人差し指で店員の額を軽く突いた。店員の顔はたちまち戻った。

「ありがとうございました」

離れていく僕と葉月の背中に向かって、店員は元気よく言った。

「ところで聞きたいことがあるけど……」

花屋を随分離れてから、僕は尋ねた。

「何?」

「昨日の院長の事だけど、院長は黒魂に支配されたの?」

「そう。意志の弱いものの惨めな姿」

「じゃ、僕も自分の黒魂に支配される可能性はあるかな?僕の黒魂は強いといったでしょう。そうなるのがちょっと怖い」

僕は昨日の院長みたいに黒魂に支配されるのが少し怖かった。

「そんな心配はしなくていい。私があなたが支配される前に黒魂を食べるから」

平淡の口調だけど、自信たっぷりに聞こえた。それを聞いて少し安心した。院長みたいに変な姿に
なれなくて済むから。

ちょうどこの時、デザートの売店に差し掛かった。甘い香りが葉月の足を捕らえて、行かせようとしない。

微動だにしない葉月に僕は尋ねた。

「食べたいの?」

「うん」