眩しい朝日に僕は目を醒めた。もう朝なんだ。朝日が暖かい。

僕はいつの間にか葉月の肩を枕にして寝てしまった。僕はすぐ身体を起こし葉月の様子を窺った。

葉月はただ遠い空をじっと見つめているだけだ。

「ご、ごめん」

何を言えばいいか分らなかったので、とりあえずお詫びをいれた。

「謝る必要はない」

葉月は立ち上がって服についた埃を払った。

「行こう」

「今度はどこへ行くの?」

「いちいち聞かなで。違う世界を見せるに決まっている」

それもそうだ。当たり前の事をずっと聞くのは嫌がらせと同じかもしれない。

葉月の後ろについて階段を下りると、昨日の事がまた頭の中で回旋する。葉月の傍で見たかった違う世界を見たいけど、これからはずっと黒魂と戦う情況になる。そんな時、僕は足手まといでしかない。

「一緒にいられる時間はそんなに長くない。だから、余計なことは考えなくていい」

僕の考えを読み取ったように、葉月は言った。なんか冷たい口調で優しい言葉を言っているような気がした。

「しかし僕……」

「あなたに違う世界を見せると約束した以上、約束は最後まで守る」

僕は黙って何も言わなかった。

こんな不器用な僕の心を気遣うように、葉月は立ち止まり振り返って僕を見上げた。

「坐って」

葉月の命令に僕は反論もせず言われたまま、階段に坐った。すると、葉月は自分の髪の毛を抜いて僕の両膝に刺した。髪の毛はすっと膝の中に入ってしまって、白い光が膝を包み込んだ。痛みは感じない。何をしたんだろう。

「僕の膝に何をしたの?」

「あなたの足は今から世界で一番速くなった。危険を感じたら逃げればいい。私にはかまわず」

「でも……」

僕はなにか反論しようとしたけど、葉月は遮った。

「私なら大丈夫。昨日も見たように、私は負けない。たとえ負けて黒魂に食べられても私は死なない。肉体は黒魂に吸収されるけど、私の魂は月に戻って、次の機会を待つ。それだけの話」

白い光が消えた。足からはどんな異変も感じられない。

「心の中で速く走りたいとつぶやけばいい。……さあ、行こう」

「うん、分った」

僕は今度、バカらしく「どこへ?」とは言わなかった。階段を下りながら僕はずっと願った。葉月がどの戦いにでも勝てるように。葉月が月に戻るのはいやだ。しかし、葉月が勝つということは、葉月は自分の恋人と一緒になるってことになる。複雑な気持ちになった。

葉月が勝ったら、時々、遊びにいってもいいかな、なんて事を考えた。

「どこかへ行く前に、先ずご飯を食べよう」

昨夜から何も食べなかったので、僕は今とても飢えている。

「それもそうだ」

僕の提案に葉月も同意した。

家に入った。パパとママはもう家にいない。結局、僕を探すより仕事を選んだ。予想してたことだから平気だ。と思ってたけど、心のどこかに虚しさが広がった。

「何が食べたいの?」

葉月は考えてから、『ギョーザ』と言った。冷凍ギョーザが本当にお気に入りのようだ。

葉月がギョーザを食べている間、僕は傍でメモを書いた。

パパ、ママへ
僕は何日か友達の家に泊まるから、心配しないで、と。

僕の書いたメモを見た葉月は理解できないというような眼差しできいた。

「なぜそれを書く?」

「あっ、これ?あなたと違う世界を見に行ったら、家をあけることもあるかなあっと思って。だから、先にメモをしてパパとママに知らせないと、心配するから」

パパとママは本当に心配するかは知らないが、一応念のため。

携帯でメール入れてもいいけど……。

「その必要はない。この街で黒魂を捜すだけ。遠くへは行かない」

そうか。思いすぎたことをしたと恥ずかしい思いをしながら、僕はメモを丸めてゴミ箱にいれた。

「そうだ、聞きたいことがあるけど……」

「何?」

「前回、地球に来てからかなり長い間が経ったよね」

「うん」

「なら、地球の変化に驚かなかったの?」

「そんな事はない。月はいつも地球を見つめているから」

「そうなんだ」

僕はこう言いながら厨房へ入り、冷凍ギョーザを取り出し、レンジに入れた。

温めたギョーザを葉月の前に置いた。

葉月はおいしそうにギョーザを食べている。僕はカップラーメンを食べることにして、お湯を入れた。

3分になると、ラーメンのいい匂いがした。

カップラーメンをもって葉月の向かいに座ると、彼女はじっと僕を、いや、僕の手にもってるカップラーメンを見つめた。

「食べたい?」

葉月は口の中にあるギョーザを嚙みながらうなずいた。

僕はカップラーメンを彼女に渡し、もう一個作った。

朝ごはんを食べて時計を見ると、その時初めて学校へ行かないといけない事に気づいた。僕だけじゃなく、葉月も気づいたらしい。

「学校へ行きなさい」

「でも……」

「私はちょっと休む。昨日の戦いで受けた傷がまた完全に治っていない」

葉月の厳しい言葉に僕は『いや』と言えなかった。

「なら僕、午後には戻るから、どこにも行かないでね。絶対だよ」

僕はこう言い残して家を出た。走っていけばぎりぎり学校に間に合う。