タオルを差し出したけれど、遠慮しているのか、受け取ってくれない。

仁科さんの傘は女物の小さな傘だ。俺と一緒に入れば、いくら小柄な彼女でも雨に濡れてしまう。俺が向こう側に傘を傾けていたとしても、全然濡れないなんて事はないはずだ。

だから俺は少し強引に彼女の腕を取って、「うそ。だって、こっちの手、濡れてる」と言ってタオルで柔らかく包み込むように彼女の手を拭いた。


「えっ、あの、長瀬くんっ、大丈夫だから……、」


濡れているから、と言うのは、半分ぐらいは建前だった。だって、どうにかして、彼女に触れたかったから……。


俺のそんな邪な行動にも、彼女は「ありがとう」と返してくれる。ほんの少しだけ良心が痛んだけれど、それでも、彼女に触れることが出来たことへの喜びの方が圧倒的に大きかった。


「仁科さん、それ、俺のセリフだから。傘に入れてくれて、ありがとう」


心からのお礼を述べる。嘘では無い、本心だ。

だけど、あまりにも急な接近だったから、彼女はきっと狼狽えたに違いない。濡れた手を拭き終えると、「あ、の、えっと、じゃあ、私、帰るね」と、ぎこちない態度で踵を返しかけた。


「あ、待って仁科さん。口開けて」


俺は慌ててポケットから取り出したそれのパッケージを破き捨て、目を丸くしてこちらを見上げる仁科さんにそれを見せた。


「お口、あ~ん」


俺はそう言って、彼女にそれを近づける。