言うと決めても、やはり気恥ずかしさで、思わず口ごもった。きっといま俺は少し顔が赤くなってしまっていると思う。

それを隠すように彼女から視線を外して俺が再び歩き出すと、仁科さんも俺の後に続く。


「いつも雨の日に、遠くを眺めながら何を思ってるのかなって、気になってて。でも話しかけられなかったのは、誰か、好きな人のことでも思ってるのかなって思うと、話しかけられなかった」

「……ごめん、そんなロマンチックな話じゃなくて……」

「ううん、そうじゃなくて。誰か他に好きな人がいたら、俺、失恋じゃん、って思って」

「……え?」


俺の言葉に、仁科さんが立ち止まる。

俺が振り返ると、仁科さんは驚いた表情で俺を見つめていた。その手に握られていた傘は大きく傾いていて、もう少しで落としてしまいそうだ。

俺は彼女の方へ歩み寄って、「濡れるよ?」と言いながら、傘を持つ彼女の手をやわりと掴み、傘を真っ直ぐにさし直す。

仁科さんの髪についた雨粒がキラキラと煌めいて、彼女のことを一層引き立てているみたいだ。

俺の手の中に包み込んだ彼女の手が、温かい。彼女の体温が、心地良い。

このままふたりの熱を共有していたいけれど、もちろんそんなことは出来なくて。俺は心の中でそっとため息を吐きながら、彼女から手を離した。

離れてもまだこの手にその熱が残っている気がするのは、それが俺の願望だからだろうか……。