目の前には数えきれないほどのお客さんがいるのだろう。
 しかし、前の先輩は体が大きく、先輩の背中で視界はほとんどなかった。
 それでも、胸の高鳴りは常に上昇している。
 これ以上ない緊張感で吐きそうであるが、それと同じくらいワクワクしている。
 マイクをもって煽りを担当している先輩の声が会場全体に響き渡る。
 その一音一音が鼓膜を震わす。
 そんな僕の緊張が伝わったのか、横の美波さんが僕の鳴子に鳴子をぶつけてきた。
 美波さんの無言の鼓舞は、いくらか平常心を取り戻すのに役に立った。

「双葉くん」

彼女の声に反応をする。

「楽しもうね」

 僕はその言葉に小さく頷いた。
 言葉を返さなくても、僕らは分かり合っている。

 彼女の耳には向日葵のイヤリングが付けられており、彼女の高揚感を表すほどに大きく揺れている。
 僕と美波さんの斜め前には光輝くんがどっしりと構えており、彼の耳の向日葵のイ ヤリングは太陽の光を反射している。
 このイヤリングは、今日の朝、上村先輩がサプライズでくれたものだ。
 先輩が寝不足だったのは、このイヤリングを作っていたからだった。 驚きなのが、このイヤリングについては上村先輩が一人で考え、秘密のプロジェクトとして、部長の山田先輩も知らなかったという。しかも、同級生にも言ってなかったらしく、たった一人で正真正銘のサプライズをやってのけたのである。
 その事実を知ったときは、嬉しさよりも驚愕の方が勝っていたが、今となっては嬉しさしか残っていない。
 何より、このプレゼントには上村先輩からのメッセージ付きであり、聞いたところによると、一人一人メッセージの内容が違うみたいである。
 自分に向けられたメッセージを読んで涙が出そうであったが、ここで涙を流すのは早いと思い、なんとか堪えた。美波さんは思いっきり泣いていたが。

 こんな先輩に出会えてよかった。
 何より、このようなよさこい部に勧誘してくれた春野先輩にも感謝だ。
 そんな春野先輩は、最後のピラミッド型のフィナーレでもトップを務める。
 前の先輩の背中にに視線を移すと、大きく『咲夜』と刺繍されていた。
 これは僕らのチーム名だ。
 上村先輩に春野先輩のイメージを聞いたときに、上村先輩が言っていた言葉。

『一面に花畑が広がっているとすると、それらの花のうちの一つってところ』

『一つ一つの花はちっぽけな存在かもしれないけど、確かにそこに花は咲いている』

 あのときはいまいちピンと来ていなかった。
 しかし、チーム名を知った今ならその言葉の意味が分かる気がする。
 僕はこのステージ上で自分の色を出していく。
  遂に演舞が始まろうとしたとき、僕と美波さんは光輝くんの背中を勢いよく叩いた。