野菜の形はいびつで、ルーは少し水っぽかった。
それに、ご飯も完璧にできたという出来栄えではなかったから、お世辞にも「大成功だった」とはいえないだろう。
でも、おいしかった。
たしかに料理をする上で味や見た目は大事な要素になってくるけど、この場では三人で力を合わせて作りきるということが何よりも大切なのだ。
その事実があるだけで、おいしさは何倍にも膨れ上がる。
それに、綾夏や永田の満足そうな笑顔を見ることができただけでも、僕は嬉しかった。
一日は楽しければ楽しいほどあっという間に過ぎていくもので、三人でカレーを食べきってから洗い物や片付けをしていると、日が水平線に落ちていくのが見えた。
次あの太陽を目にするときには、僕たち文芸部の合宿が終わることを意味しているのである。
そう思うと、この周りだけの時間が止まって、いつまでも楽しく遊んでいたい――なんていう気持ちになってくる。
しかし、そんなことを願ったところで、時間というのは淡々と過ぎていき、完全に闇夜に包まれていく。
お風呂から上がって部屋でのんびりしていると、隣の部屋にいた綾夏が僕の部屋に入って来た。
「蓮くん、一人で寂しくない?」
「おい、綾夏。人の部屋に入るときはノックくらいしろよな」
「いいじゃん、そんな水臭いこと言わなくても! 私たち文芸部の中じゃない!」
その」文芸部だから」っていう理由が理由になっていない気がするけど、そこは綾夏にしか分からない思考回路ということで済ませておこう。
「『親しき中にも礼儀あり』っていうだろ?」
「うわっ、また蓮くん文豪さんになってる」
「『うわっ』ってなんだ。あと文豪さんって言うな。全国の文豪さんに謝れ」
「ごめんねっ!」
「全然謝る気がないだろ……」
「そんなことは……なくもなくも……ない? あれ、今どっちだっけ……?」
「貫くなら最後まで頑張れよ……自分で言い始めたのに、最終的に自滅する者ほどカッコ悪くて恥ずかしいことはないぞ」
「えへへ……」
今ので嬉しかったのか、綾夏は照れ臭そうに苦笑いをこぼす。
「――って、こんなことをしてる場合じゃないよ!」
「今度はどうした?」
「これを言いに来たんだった……天体観測しようよ!」
「天体観測?」
「そうそう! さっき施設の人と話してたら、今日は天気が良くて星空が見えそうだから、望遠鏡を貸してくれるんだって!」
「へぇ、すごいじゃん」
天体観測は、僕もやったことがなかった。というよりも、星空自体を肉眼で見る機会というものが、そもそもほとんどなかったのである。
「蓮くんも着てくれるだろうと思って、もう施設の人に頼んで用意してもらってるんだ! 早く行こう!」
「分かったけど、永田は?」
「真澄ちゃんなら望遠鏡の設置のお手伝いしてる!」
「さすがだな……よし、僕たちも行こうか」
外に出て見ると、芝生広場の中央で永田と施設の人が待っていた。
「今日は空も澄んでいて、肉眼でも多少は星が見えるかもしれませんよ」
施設の人に言われて真上を見ると、思わず声が漏れてしまった。
「うわぁ……きれいだ」
写真で見るような満点の星空とまではいかないけど、それでも、家から見える暗い夜空とは明らかに違っていた。
「この周辺には明かりを発するような住宅街がないから、僕たちの家からあまり離れていなくても見えるということですか?」
「はい、その通りです。周りが山や海といった自然に囲まれた立地になっているので、あまり遠出しなくても、それなりにきれいな星空を見ることができるのがここの強みでもあるんですよ」
「それってすっごくラッキーだね!」
僕たちはそれを知っていてここを選んだわけではなかったから、綾夏の言う通りすごく幸運だったといえるだろう。
「――私、望遠鏡でも見たい!」
綾夏は施設の人のレクチャーを受けながら、望遠鏡を覗き込む。
「あっ、月が見えた! 真澄ちゃん、見てみて!」
「えぇ……本当だわ。月が見える!」
永田も月を発見したことに躍り上がっている。
「それは肉眼でも見えるじゃないか。どうせなら肉眼では見えない何か凄いのを見つけてみてよ」
「うん、任せておいて! 見つかったらそれに自分の名前を付けるんだ!」
綾夏は張り切った様子で答えると、永田と場所を交代し、何やら望遠鏡をいじり始める。
僕は結構軽いノリでそう言ってみたけど、綾夏なら本当に新しい小惑星を発見してしまうのではないかと、本気でそう思ってしまう。
「あっ、見つけた!」
「えっ⁉ 本当に?」
思わず綾夏の側に駆け寄ってみる。
「うん、何だっけ……海王星?」
「そんなわけあるか。それが見えるのって専門機関にあるようなもっと高性能なものじゃないと見えないんじゃなかった?」
すると「お嬢ちゃん、ちょっと失礼」と綾夏に代わって望遠鏡を覗き込んだ。
「ど、どうかされましたか……?」
「すごいですよ!」
望遠鏡から目を離した施設の人は目を輝かせながら僕たちにそう言った。
「本当に海王星です!」
「えっ? まさか……」
「海王星はこれくらいの天体望遠鏡があれば見えなくはないのですが、なにせ暗い天体ですから、星図を見て明るい星から徐々に暗い星へと辿っていかないと普通は見つからないんです」
「まさか……」
「はい、そのまさかです。お嬢さんは星図が頭に入っているのか、それともたまたまなのかは分かりませんが、本当に海王星を望遠鏡に捉えていますよ!」
施設の人は天体観測が趣味で、何年も続けているけど、正確にそれらを見ることができたのは、両手で数えるほどらしい。
まぁ、綾夏の場合は後者であることはほとんど間違いないだろう。
しかし、いくらたまたまだとしてもすごいことをしたのには変わりはない。
僕と永田もそれを覗いてみる。
すると、中央やや左上にぼやっとした青い球体が見えた。
「綾夏……やっぱりすごいな君は」
この運があれば、いつかは新しい小惑星を見つけることだってできるかもしれない。
そうなれば、世界にその名を轟かすことができるのに。
でも、それは実現することのない僕の中の勝手な想像に過ぎない。
だって、現実はそんな都合よく動いてくれるものではないから――。
暗闇でも光り輝いている綾夏の笑顔に、胸が少し詰まってしまった。
それに、ご飯も完璧にできたという出来栄えではなかったから、お世辞にも「大成功だった」とはいえないだろう。
でも、おいしかった。
たしかに料理をする上で味や見た目は大事な要素になってくるけど、この場では三人で力を合わせて作りきるということが何よりも大切なのだ。
その事実があるだけで、おいしさは何倍にも膨れ上がる。
それに、綾夏や永田の満足そうな笑顔を見ることができただけでも、僕は嬉しかった。
一日は楽しければ楽しいほどあっという間に過ぎていくもので、三人でカレーを食べきってから洗い物や片付けをしていると、日が水平線に落ちていくのが見えた。
次あの太陽を目にするときには、僕たち文芸部の合宿が終わることを意味しているのである。
そう思うと、この周りだけの時間が止まって、いつまでも楽しく遊んでいたい――なんていう気持ちになってくる。
しかし、そんなことを願ったところで、時間というのは淡々と過ぎていき、完全に闇夜に包まれていく。
お風呂から上がって部屋でのんびりしていると、隣の部屋にいた綾夏が僕の部屋に入って来た。
「蓮くん、一人で寂しくない?」
「おい、綾夏。人の部屋に入るときはノックくらいしろよな」
「いいじゃん、そんな水臭いこと言わなくても! 私たち文芸部の中じゃない!」
その」文芸部だから」っていう理由が理由になっていない気がするけど、そこは綾夏にしか分からない思考回路ということで済ませておこう。
「『親しき中にも礼儀あり』っていうだろ?」
「うわっ、また蓮くん文豪さんになってる」
「『うわっ』ってなんだ。あと文豪さんって言うな。全国の文豪さんに謝れ」
「ごめんねっ!」
「全然謝る気がないだろ……」
「そんなことは……なくもなくも……ない? あれ、今どっちだっけ……?」
「貫くなら最後まで頑張れよ……自分で言い始めたのに、最終的に自滅する者ほどカッコ悪くて恥ずかしいことはないぞ」
「えへへ……」
今ので嬉しかったのか、綾夏は照れ臭そうに苦笑いをこぼす。
「――って、こんなことをしてる場合じゃないよ!」
「今度はどうした?」
「これを言いに来たんだった……天体観測しようよ!」
「天体観測?」
「そうそう! さっき施設の人と話してたら、今日は天気が良くて星空が見えそうだから、望遠鏡を貸してくれるんだって!」
「へぇ、すごいじゃん」
天体観測は、僕もやったことがなかった。というよりも、星空自体を肉眼で見る機会というものが、そもそもほとんどなかったのである。
「蓮くんも着てくれるだろうと思って、もう施設の人に頼んで用意してもらってるんだ! 早く行こう!」
「分かったけど、永田は?」
「真澄ちゃんなら望遠鏡の設置のお手伝いしてる!」
「さすがだな……よし、僕たちも行こうか」
外に出て見ると、芝生広場の中央で永田と施設の人が待っていた。
「今日は空も澄んでいて、肉眼でも多少は星が見えるかもしれませんよ」
施設の人に言われて真上を見ると、思わず声が漏れてしまった。
「うわぁ……きれいだ」
写真で見るような満点の星空とまではいかないけど、それでも、家から見える暗い夜空とは明らかに違っていた。
「この周辺には明かりを発するような住宅街がないから、僕たちの家からあまり離れていなくても見えるということですか?」
「はい、その通りです。周りが山や海といった自然に囲まれた立地になっているので、あまり遠出しなくても、それなりにきれいな星空を見ることができるのがここの強みでもあるんですよ」
「それってすっごくラッキーだね!」
僕たちはそれを知っていてここを選んだわけではなかったから、綾夏の言う通りすごく幸運だったといえるだろう。
「――私、望遠鏡でも見たい!」
綾夏は施設の人のレクチャーを受けながら、望遠鏡を覗き込む。
「あっ、月が見えた! 真澄ちゃん、見てみて!」
「えぇ……本当だわ。月が見える!」
永田も月を発見したことに躍り上がっている。
「それは肉眼でも見えるじゃないか。どうせなら肉眼では見えない何か凄いのを見つけてみてよ」
「うん、任せておいて! 見つかったらそれに自分の名前を付けるんだ!」
綾夏は張り切った様子で答えると、永田と場所を交代し、何やら望遠鏡をいじり始める。
僕は結構軽いノリでそう言ってみたけど、綾夏なら本当に新しい小惑星を発見してしまうのではないかと、本気でそう思ってしまう。
「あっ、見つけた!」
「えっ⁉ 本当に?」
思わず綾夏の側に駆け寄ってみる。
「うん、何だっけ……海王星?」
「そんなわけあるか。それが見えるのって専門機関にあるようなもっと高性能なものじゃないと見えないんじゃなかった?」
すると「お嬢ちゃん、ちょっと失礼」と綾夏に代わって望遠鏡を覗き込んだ。
「ど、どうかされましたか……?」
「すごいですよ!」
望遠鏡から目を離した施設の人は目を輝かせながら僕たちにそう言った。
「本当に海王星です!」
「えっ? まさか……」
「海王星はこれくらいの天体望遠鏡があれば見えなくはないのですが、なにせ暗い天体ですから、星図を見て明るい星から徐々に暗い星へと辿っていかないと普通は見つからないんです」
「まさか……」
「はい、そのまさかです。お嬢さんは星図が頭に入っているのか、それともたまたまなのかは分かりませんが、本当に海王星を望遠鏡に捉えていますよ!」
施設の人は天体観測が趣味で、何年も続けているけど、正確にそれらを見ることができたのは、両手で数えるほどらしい。
まぁ、綾夏の場合は後者であることはほとんど間違いないだろう。
しかし、いくらたまたまだとしてもすごいことをしたのには変わりはない。
僕と永田もそれを覗いてみる。
すると、中央やや左上にぼやっとした青い球体が見えた。
「綾夏……やっぱりすごいな君は」
この運があれば、いつかは新しい小惑星を見つけることだってできるかもしれない。
そうなれば、世界にその名を轟かすことができるのに。
でも、それは実現することのない僕の中の勝手な想像に過ぎない。
だって、現実はそんな都合よく動いてくれるものではないから――。
暗闇でも光り輝いている綾夏の笑顔に、胸が少し詰まってしまった。