「――綾夏、実は病気なんだ」
「びょ、病気……? そ、そうなの綾夏ちゃん?」
急にこんなことをカミングアウトされても、本人は訳が分からないことだろう。
きっとそれは昨日の僕も同じで、そのときも僕は今の永田みたいな、言葉では言い表せないような表情をしていたんだろう。
「うん、蓮くんが言ったのは本当だよ。私、特定難病っていうのに罹ってるみたい」
「そ、それってどういう……」
「私も上手く説明できないんだけど……できないんだけど……」
綾夏は俯いてしまった。
鼻をすすり、小刻みに体が震える。
「え、えっと……綾夏ちゃん? 大丈夫?」
永田は前のめりになって綾夏の様子を伺う。
「う、うん……大丈夫」
「綾夏。急がなくていいから、自分のペースでゆっくり話していいからね」
「そ、そうね……私も急かさないようにしないと……」
永田も背もたれにそっと身体を戻すと、黙って綾夏の続きを待つ。
「――私の病気って……治らないみたいなの」
「っ……⁉」
永田の顔が引きつった。
でも、綾夏はさらに追い打ちをかける事実を口にする。
「――余命三カ月。私に残された時間はたったそれだけ。でも、これは夏前に言われたことだから、今から数えると残り――」
「ちょっと待ってよ!」
切り裂くような一言だった。
そんな事実を受け入れたくはないという思いが込められているように感じる。
「ちょっと待って……ちょっと待ってよ……。いきなりそんなこと言われても……私はどんな顔をして聞いていればいいのよ!」
顔を両手で覆い、大きな声を上げながら泣き叫ぶ。
「真澄ちゃん……いきなりこんなこと言って本当にごめんて思ってる。だけど、蓮くんと真澄ちゃんには、私のことを知ってほしいって思ったの――だって、文芸部じゃん」
「あ、綾夏ちゃん……。なんで、なんであなたなの? だって、あんなに元気だったじゃない! 全然そんな風になんて見えなかったのに……」
「そりゃそうだよ。簡単にばれちゃったら意味ないもん」
今思えば、そんな節は所々で見え隠れしていた気がする。
綾夏がちょっとしたときに見せる寂しそうな表情、遠くを見つめる瞳、意味ありげな言葉の数々……。
そのときは特に気には留めていなかったけど、今こうして綾夏の本心を知ったとき、それが全てこの事実に帰着していたのだ。
「――真澄ちゃん。顔、上げてよ」
本当は綾夏だって泣き叫びたいはずだ。こんな現実から今すぐにでも逃げ出したいはずだ。
それでも一歩堪えて、彼女は泣き喚く永田に優しく声をかけた。
「文芸部で文集を作るって決めたこと、真澄ちゃんは覚えている?」
「うん……うん……当り前よ……覚えているに決まっているじゃない」
永田は泣き腫らした顔のまま綾夏を見た。
「真澄ちゃんは忙しくて来れなかったけど、蓮くんと二人で色々行ってきたんだよ」
綾夏は自分の大学ノートを真澄に掲げる。
「私ね、全部が全部初めてだったの。今までずっと病院の中だったから。だから、すっごく新鮮だったの。砂浜は足の裏が焼けちゃうくらい熱いし、でも、海はひんやりしていてすごく気持ちよかった。海水はお母さんが言ってた通りにしょっぱかったの……」
「私は行けなかったけど、今の綾夏ちゃんを見ていると、本当に楽しめたのが伝わってくるわ」
「真澄ちゃん、それだけじゃないんだよ。夏祭りにも行ったの。浴衣をレンタルして、屋台のお店を全部回ったの。色々なものを食べて、色々な縁日を楽しんで……」
綾夏はページをめくる。
そこには大きく花火のイラストが描かれていた。まるでそのとき見た瞬間をそこにトレースしてきたかのように美しく、色鮮やかに。
「それに、花火も近くから見て……本当に楽しかった――でもね」
一旦言葉を切ると、ノートを閉じる。
「まだ終わってないの……まだやり残したことがあるの」
「それは……合宿?」
「そう……私からの最期のお願い」
「さ、最期なんて……そんな縁起でもないこと言わないでよ……冗談でも私は聞きたくない、そんなこと」
「冗談なんかじゃないよ、私は。いつだって本気だもん」
綾夏の瞳は、心は、その言葉の通り、まったくとして揺らいではいなかった。
「最後は真澄ちゃんも一緒に……私と真澄ちゃんと蓮くんの三人そろって合宿に行きたいの」
「そ、そんなこと言われても……綾夏ちゃんが病気だと分かっていてそんな無理はできないわ……」
「あのときは……自分でも無理してるって分かってた。でも、だからこそ元気な姿で入れる自分が少しでも長く続いて欲しいと思ってたの」
「でも、何となく自分でも分かるの。そろそろ限界が近いんだって。もう前ほど走り回れないし、たくさん食べることもできない。好きだったことがどんどんとできなくなっていくの……私の目の前で」
自分はしたい、やりたいと思っていたとしても、それを上手くすることができないもどかしさというのは、綾夏をどれだけ苦しめてきたのだろうか。
きっと僕なんかが想像することができない程の辛さを、綾夏は身をもって経験してきたのかもしれない。
「限りのある残り少ない時間を、病院のベッドで過ごしていたとしても、病院の外で過ごしていても、最期の結果は変わらないんだよ? だったら最期の最期まで全力で楽しんだ方がいいに決まってるじゃん! 最期の最期で後悔して、悔いが残ったまま終わるのだけは絶対に嫌だから……。だから、お願い。私に最後の無理をさせてほしいの!」
「綾夏ちゃん……」
永田は理解しきれていないで起こっている目の前の状況に、必死に食らいつこうとしている。
そんなにすぐに受け入れられるはずもない事実を、懸命に掴もうとしてる。
足掻いて、もがいて、葛藤して……。
「――分かったわ。綾夏ちゃんがそこまで言うのなら、私は全力であなたに力を貸すわ。でもその代わり、少しでも躊躇したり気を遣おうものなら、いくら綾夏ちゃんでも許さないから」
悩みに悩んだ末、永田は永田なりの精いっぱいの気持ちを込めて首を縦に振った。
「びょ、病気……? そ、そうなの綾夏ちゃん?」
急にこんなことをカミングアウトされても、本人は訳が分からないことだろう。
きっとそれは昨日の僕も同じで、そのときも僕は今の永田みたいな、言葉では言い表せないような表情をしていたんだろう。
「うん、蓮くんが言ったのは本当だよ。私、特定難病っていうのに罹ってるみたい」
「そ、それってどういう……」
「私も上手く説明できないんだけど……できないんだけど……」
綾夏は俯いてしまった。
鼻をすすり、小刻みに体が震える。
「え、えっと……綾夏ちゃん? 大丈夫?」
永田は前のめりになって綾夏の様子を伺う。
「う、うん……大丈夫」
「綾夏。急がなくていいから、自分のペースでゆっくり話していいからね」
「そ、そうね……私も急かさないようにしないと……」
永田も背もたれにそっと身体を戻すと、黙って綾夏の続きを待つ。
「――私の病気って……治らないみたいなの」
「っ……⁉」
永田の顔が引きつった。
でも、綾夏はさらに追い打ちをかける事実を口にする。
「――余命三カ月。私に残された時間はたったそれだけ。でも、これは夏前に言われたことだから、今から数えると残り――」
「ちょっと待ってよ!」
切り裂くような一言だった。
そんな事実を受け入れたくはないという思いが込められているように感じる。
「ちょっと待って……ちょっと待ってよ……。いきなりそんなこと言われても……私はどんな顔をして聞いていればいいのよ!」
顔を両手で覆い、大きな声を上げながら泣き叫ぶ。
「真澄ちゃん……いきなりこんなこと言って本当にごめんて思ってる。だけど、蓮くんと真澄ちゃんには、私のことを知ってほしいって思ったの――だって、文芸部じゃん」
「あ、綾夏ちゃん……。なんで、なんであなたなの? だって、あんなに元気だったじゃない! 全然そんな風になんて見えなかったのに……」
「そりゃそうだよ。簡単にばれちゃったら意味ないもん」
今思えば、そんな節は所々で見え隠れしていた気がする。
綾夏がちょっとしたときに見せる寂しそうな表情、遠くを見つめる瞳、意味ありげな言葉の数々……。
そのときは特に気には留めていなかったけど、今こうして綾夏の本心を知ったとき、それが全てこの事実に帰着していたのだ。
「――真澄ちゃん。顔、上げてよ」
本当は綾夏だって泣き叫びたいはずだ。こんな現実から今すぐにでも逃げ出したいはずだ。
それでも一歩堪えて、彼女は泣き喚く永田に優しく声をかけた。
「文芸部で文集を作るって決めたこと、真澄ちゃんは覚えている?」
「うん……うん……当り前よ……覚えているに決まっているじゃない」
永田は泣き腫らした顔のまま綾夏を見た。
「真澄ちゃんは忙しくて来れなかったけど、蓮くんと二人で色々行ってきたんだよ」
綾夏は自分の大学ノートを真澄に掲げる。
「私ね、全部が全部初めてだったの。今までずっと病院の中だったから。だから、すっごく新鮮だったの。砂浜は足の裏が焼けちゃうくらい熱いし、でも、海はひんやりしていてすごく気持ちよかった。海水はお母さんが言ってた通りにしょっぱかったの……」
「私は行けなかったけど、今の綾夏ちゃんを見ていると、本当に楽しめたのが伝わってくるわ」
「真澄ちゃん、それだけじゃないんだよ。夏祭りにも行ったの。浴衣をレンタルして、屋台のお店を全部回ったの。色々なものを食べて、色々な縁日を楽しんで……」
綾夏はページをめくる。
そこには大きく花火のイラストが描かれていた。まるでそのとき見た瞬間をそこにトレースしてきたかのように美しく、色鮮やかに。
「それに、花火も近くから見て……本当に楽しかった――でもね」
一旦言葉を切ると、ノートを閉じる。
「まだ終わってないの……まだやり残したことがあるの」
「それは……合宿?」
「そう……私からの最期のお願い」
「さ、最期なんて……そんな縁起でもないこと言わないでよ……冗談でも私は聞きたくない、そんなこと」
「冗談なんかじゃないよ、私は。いつだって本気だもん」
綾夏の瞳は、心は、その言葉の通り、まったくとして揺らいではいなかった。
「最後は真澄ちゃんも一緒に……私と真澄ちゃんと蓮くんの三人そろって合宿に行きたいの」
「そ、そんなこと言われても……綾夏ちゃんが病気だと分かっていてそんな無理はできないわ……」
「あのときは……自分でも無理してるって分かってた。でも、だからこそ元気な姿で入れる自分が少しでも長く続いて欲しいと思ってたの」
「でも、何となく自分でも分かるの。そろそろ限界が近いんだって。もう前ほど走り回れないし、たくさん食べることもできない。好きだったことがどんどんとできなくなっていくの……私の目の前で」
自分はしたい、やりたいと思っていたとしても、それを上手くすることができないもどかしさというのは、綾夏をどれだけ苦しめてきたのだろうか。
きっと僕なんかが想像することができない程の辛さを、綾夏は身をもって経験してきたのかもしれない。
「限りのある残り少ない時間を、病院のベッドで過ごしていたとしても、病院の外で過ごしていても、最期の結果は変わらないんだよ? だったら最期の最期まで全力で楽しんだ方がいいに決まってるじゃん! 最期の最期で後悔して、悔いが残ったまま終わるのだけは絶対に嫌だから……。だから、お願い。私に最後の無理をさせてほしいの!」
「綾夏ちゃん……」
永田は理解しきれていないで起こっている目の前の状況に、必死に食らいつこうとしている。
そんなにすぐに受け入れられるはずもない事実を、懸命に掴もうとしてる。
足掻いて、もがいて、葛藤して……。
「――分かったわ。綾夏ちゃんがそこまで言うのなら、私は全力であなたに力を貸すわ。でもその代わり、少しでも躊躇したり気を遣おうものなら、いくら綾夏ちゃんでも許さないから」
悩みに悩んだ末、永田は永田なりの精いっぱいの気持ちを込めて首を縦に振った。