「よし、みんな集まったね! それじゃあ今から『弾丸・夏の取材ツアー』第二弾を始めるよ!」
綾夏はそう宣言し、高らかに右手を突き上げている。
今日は、文芸部の文集作りのための取材活動として、地域の夏祭りに来ることになっていた。
綾夏はそれをどこで命名したのかも分からないようなネーミングで呼んでいる。
「綾夏、今日も永田は予備校で来れないから、来るのは僕だけなんだけど……」
しかし、そんな大層な名称を付けているのにもかかわらず、その場にいるのは綾夏のほかには僕ただ一人だけだった。
とても『みんな』といえるような人数は揃っていないのだ。
「真澄ちゃんが来れないのは残念だけど、蓮くんがいるから問題ないよ!」
「そういうものなのかな……」
「はいそこ! テンションが下がってるよ! これから始まるんだから、気張って行くよ!」
いつもの如くハイテンションな綾夏を見ていると、つい数日前のあの夕暮れ時の涙は実は夢だったのではないかと錯覚してしまう。
それでも、今の綾夏が元気そうだから、心配はいらないだろう。
僕は歩き始める綾夏について行く。
しかし、僕は歩き始めてすぐにおかしな点に気付く。
「ねぇ、綾夏。今から夏祭りに行くんだよね?」
「そうだけど?」
「たしか、会場は今歩いている方向とは逆な気がするんだけど……」
それを示すかのように、僕と綾夏が歩いている方向からは、浴衣に身を包んだ人たちがぞろぞろと向かってくる。
明かに綾夏が道を間違えているのだと思ったけど、綾夏は「甘い甘い」と僕の指摘を一蹴した。
「蓮くん。今歩いている人と私との違いを端的に言ってみてよ」
「違い……?」
僕は綾夏と他の人を見比べてみるけど、パッと見ただけでは何がどう違うのかなんて分からない。
「蓮くん、本当に分からないの……? すぐに分かると思ったのになぁ……」
残念とばかりに、綾夏は大げさに肩を落とす。
「正解は一体何なの……?」
すると、綾夏は着ているTシャツの肩の辺りをつまみながらこう言った。
「浴衣よ、ゆ・か・た。女の人はみんな素敵でかわいい浴衣を着ているじゃない!」
「あぁ、そうだった」
他の人と言っていたから、男女関係なく全員と比べていたから分からなかったのかもしれない。
「えっと、それで……?」
「私も浴衣が着たいの! だから、今は予約した浴衣のレンタル屋さんに向かってるの」
「なるほど……」
「というわけで、予約の時間に遅れるといけないので、ちょっと急ぎ足で向かいます!」
綾夏は正面から迫って来る人の塊の間をうまい具合にすり抜けながらどんどんと先に進んで行く。
僕もそれに負けじと歩を進めるも、あのスピードの綾夏に勝てるわけもなかった。
なんとかはぐれずには済んだものの、夏祭りを楽しみ始める前に体力の大半を使ってしまった。
「――蓮くん、着いたよ!」
綾夏の後ろを追いかけること数分。ようやく目的のお店に到着した。
「僕は外で待ってるから、綾夏はゆっくり着付けしてきなよ」
すると、綾夏は目を点にして僕を見つめる。
「何言ってるの? 蓮くんも着るんだよ」
「はい……?」
「だから、蓮くんはきっと浴衣で来ることはないだろうって思ったから、蓮くんの分も予約しておいたの! 夏祭りに行って片方が浴衣で片方が普段着って、なんか夏祭りに対する姿勢の差がはっきりしちゃって嫌なんだよね~」
僕が浴衣を持っていないだろうという予想は素晴らしく、そこは称賛に値するところではある。あるのだけど……。
「綾夏、そこは僕に相談するべきじゃなかったのか?」
「もしかして蓮くん、浴衣……嫌いだった?」
「いや、そういうことじゃなくて……ほら、レンタルって結構お金とかかかるし。今日そんなに持ち合わせが……」
「そういうことなら問題はありません!」
「というと?」
「私に全部お任せください!」
「ほ、本当に?」
僕は綾夏の言葉を疑った。
だって、いくらレンタルだとしてもそれなりのお金がかかるはずだ。
しかも、それをアルバイトもしていない綾夏が払うなんて、かなり痛い出費のはずではないか。
「そんな、全額払わせるなんてできないよ」
「――いいの」
すっとした表情で綾夏は言った。
「これは、何というか……私のわがままで、事前に相談したら絶対に断られるだろうから、サプライズみたいな形でやろうと思ったの。これは完全に私がやりたいこと。だから、大丈夫なの」
「そ、それでも……」
「それに、私自身が蓮くんにも着てほしいって思ってるから、蓮くんは遠慮なく着てほしい。私、蓮くんの浴衣姿見てみたい! きっと文豪さんみたいにカッコいいと思うから!」
そこまで言われてしまったら、これ以上拒んでしまうのも、逆に綾夏に失礼ではないだろうか。
それに、『カッコいい』という一言が嬉しくて、意外にもすぐに耳から耳へと抜けることなく僕の心の中でグルグルと滞留しているのだった。
「そ、それじゃあお言葉に甘えようかな……」
身体の内側から滲み出てくる嬉しさをギュッと堪えながら、僕は綾夏にそう伝える。
「そうこなくっちゃ! ほらほら入って入って!」
綾夏は破顔して僕の手を取ると、入り口をくぐって行く。
僕は浴衣とか着物なんて着たことがなかったから、店員さんに色々レクチャーを受けてもさっぱり着方が分からなかった。
結局店員さんの手を借りながら、なんとか浴衣としての形を整えることができた。
更衣室の鏡で身なりを確認してから出ると、すでに浴衣に着替え終えた綾夏が、左手に付けている時計に視線を落としながら待っているのが見えた。
「お、お待たせ……」
「ほんとよ! いつまで待たせるのかしらって思ったわ!」
「ごめんね。僕こういうの初めてで、全然うまく着れなかったんだ」
「でも、初めてにしてはちゃんと着こなせていると思う」
綾夏は僕の頭頂部から足先に至るまでを細かく観察するように見てくる。
そんなにじっくりと見られるとなんだむず痒く感じてしまうけど、綾夏から予想をいい意味で裏切る言葉を貰えて嬉しかった。
「そういう綾夏も、その浴衣、とっても似合ってると思うよ」
綾夏が着ている浴衣は、淡い青紫を基調とした柔らかい印象を受ける色合いで、全身には大きな梅の花がいくつも咲いているのが目を引くアクセントとなっている。
夏の夜にぴったりな清涼感が綾夏に似合っていて、選択のセンスを感じる。
「そ、そうかな……よかったぁ」
綾夏は嬉しさ半分、照れくささ半分と言った表情を浮かべている。
「彼女さんはとても熱心に選ばれていて、これを見つけたときにとても喜んでらっしゃいましたよ」
「ちょ、僕と彼女は別にそういう――」
「ちょっと店員さん! 恥ずかしいから言わないでくださいよもぉ~」
店員さんが上品な言葉づかいでその時の状況を語ってくれるけど、決して綾夏は僕の『彼女』でもないし、そもそもそういう関係ではないのだ。
その誤解を解こうと思ったのだけど、綾夏はそれに被せるようにして声を上げてくる。
「ほ、ほら! ちゃんと着れたんだし早くお祭りに行こうよ!」
「ふふふ。仲が良くて羨ましいですね。どうぞ、お気を付けて」
入口まで見送りに来てくれた店員さんに言われて、どこか満更でもないような表情のまま、綾夏は僕の手を引いて夏祭り会場へと歩き出した。
綾夏はそう宣言し、高らかに右手を突き上げている。
今日は、文芸部の文集作りのための取材活動として、地域の夏祭りに来ることになっていた。
綾夏はそれをどこで命名したのかも分からないようなネーミングで呼んでいる。
「綾夏、今日も永田は予備校で来れないから、来るのは僕だけなんだけど……」
しかし、そんな大層な名称を付けているのにもかかわらず、その場にいるのは綾夏のほかには僕ただ一人だけだった。
とても『みんな』といえるような人数は揃っていないのだ。
「真澄ちゃんが来れないのは残念だけど、蓮くんがいるから問題ないよ!」
「そういうものなのかな……」
「はいそこ! テンションが下がってるよ! これから始まるんだから、気張って行くよ!」
いつもの如くハイテンションな綾夏を見ていると、つい数日前のあの夕暮れ時の涙は実は夢だったのではないかと錯覚してしまう。
それでも、今の綾夏が元気そうだから、心配はいらないだろう。
僕は歩き始める綾夏について行く。
しかし、僕は歩き始めてすぐにおかしな点に気付く。
「ねぇ、綾夏。今から夏祭りに行くんだよね?」
「そうだけど?」
「たしか、会場は今歩いている方向とは逆な気がするんだけど……」
それを示すかのように、僕と綾夏が歩いている方向からは、浴衣に身を包んだ人たちがぞろぞろと向かってくる。
明かに綾夏が道を間違えているのだと思ったけど、綾夏は「甘い甘い」と僕の指摘を一蹴した。
「蓮くん。今歩いている人と私との違いを端的に言ってみてよ」
「違い……?」
僕は綾夏と他の人を見比べてみるけど、パッと見ただけでは何がどう違うのかなんて分からない。
「蓮くん、本当に分からないの……? すぐに分かると思ったのになぁ……」
残念とばかりに、綾夏は大げさに肩を落とす。
「正解は一体何なの……?」
すると、綾夏は着ているTシャツの肩の辺りをつまみながらこう言った。
「浴衣よ、ゆ・か・た。女の人はみんな素敵でかわいい浴衣を着ているじゃない!」
「あぁ、そうだった」
他の人と言っていたから、男女関係なく全員と比べていたから分からなかったのかもしれない。
「えっと、それで……?」
「私も浴衣が着たいの! だから、今は予約した浴衣のレンタル屋さんに向かってるの」
「なるほど……」
「というわけで、予約の時間に遅れるといけないので、ちょっと急ぎ足で向かいます!」
綾夏は正面から迫って来る人の塊の間をうまい具合にすり抜けながらどんどんと先に進んで行く。
僕もそれに負けじと歩を進めるも、あのスピードの綾夏に勝てるわけもなかった。
なんとかはぐれずには済んだものの、夏祭りを楽しみ始める前に体力の大半を使ってしまった。
「――蓮くん、着いたよ!」
綾夏の後ろを追いかけること数分。ようやく目的のお店に到着した。
「僕は外で待ってるから、綾夏はゆっくり着付けしてきなよ」
すると、綾夏は目を点にして僕を見つめる。
「何言ってるの? 蓮くんも着るんだよ」
「はい……?」
「だから、蓮くんはきっと浴衣で来ることはないだろうって思ったから、蓮くんの分も予約しておいたの! 夏祭りに行って片方が浴衣で片方が普段着って、なんか夏祭りに対する姿勢の差がはっきりしちゃって嫌なんだよね~」
僕が浴衣を持っていないだろうという予想は素晴らしく、そこは称賛に値するところではある。あるのだけど……。
「綾夏、そこは僕に相談するべきじゃなかったのか?」
「もしかして蓮くん、浴衣……嫌いだった?」
「いや、そういうことじゃなくて……ほら、レンタルって結構お金とかかかるし。今日そんなに持ち合わせが……」
「そういうことなら問題はありません!」
「というと?」
「私に全部お任せください!」
「ほ、本当に?」
僕は綾夏の言葉を疑った。
だって、いくらレンタルだとしてもそれなりのお金がかかるはずだ。
しかも、それをアルバイトもしていない綾夏が払うなんて、かなり痛い出費のはずではないか。
「そんな、全額払わせるなんてできないよ」
「――いいの」
すっとした表情で綾夏は言った。
「これは、何というか……私のわがままで、事前に相談したら絶対に断られるだろうから、サプライズみたいな形でやろうと思ったの。これは完全に私がやりたいこと。だから、大丈夫なの」
「そ、それでも……」
「それに、私自身が蓮くんにも着てほしいって思ってるから、蓮くんは遠慮なく着てほしい。私、蓮くんの浴衣姿見てみたい! きっと文豪さんみたいにカッコいいと思うから!」
そこまで言われてしまったら、これ以上拒んでしまうのも、逆に綾夏に失礼ではないだろうか。
それに、『カッコいい』という一言が嬉しくて、意外にもすぐに耳から耳へと抜けることなく僕の心の中でグルグルと滞留しているのだった。
「そ、それじゃあお言葉に甘えようかな……」
身体の内側から滲み出てくる嬉しさをギュッと堪えながら、僕は綾夏にそう伝える。
「そうこなくっちゃ! ほらほら入って入って!」
綾夏は破顔して僕の手を取ると、入り口をくぐって行く。
僕は浴衣とか着物なんて着たことがなかったから、店員さんに色々レクチャーを受けてもさっぱり着方が分からなかった。
結局店員さんの手を借りながら、なんとか浴衣としての形を整えることができた。
更衣室の鏡で身なりを確認してから出ると、すでに浴衣に着替え終えた綾夏が、左手に付けている時計に視線を落としながら待っているのが見えた。
「お、お待たせ……」
「ほんとよ! いつまで待たせるのかしらって思ったわ!」
「ごめんね。僕こういうの初めてで、全然うまく着れなかったんだ」
「でも、初めてにしてはちゃんと着こなせていると思う」
綾夏は僕の頭頂部から足先に至るまでを細かく観察するように見てくる。
そんなにじっくりと見られるとなんだむず痒く感じてしまうけど、綾夏から予想をいい意味で裏切る言葉を貰えて嬉しかった。
「そういう綾夏も、その浴衣、とっても似合ってると思うよ」
綾夏が着ている浴衣は、淡い青紫を基調とした柔らかい印象を受ける色合いで、全身には大きな梅の花がいくつも咲いているのが目を引くアクセントとなっている。
夏の夜にぴったりな清涼感が綾夏に似合っていて、選択のセンスを感じる。
「そ、そうかな……よかったぁ」
綾夏は嬉しさ半分、照れくささ半分と言った表情を浮かべている。
「彼女さんはとても熱心に選ばれていて、これを見つけたときにとても喜んでらっしゃいましたよ」
「ちょ、僕と彼女は別にそういう――」
「ちょっと店員さん! 恥ずかしいから言わないでくださいよもぉ~」
店員さんが上品な言葉づかいでその時の状況を語ってくれるけど、決して綾夏は僕の『彼女』でもないし、そもそもそういう関係ではないのだ。
その誤解を解こうと思ったのだけど、綾夏はそれに被せるようにして声を上げてくる。
「ほ、ほら! ちゃんと着れたんだし早くお祭りに行こうよ!」
「ふふふ。仲が良くて羨ましいですね。どうぞ、お気を付けて」
入口まで見送りに来てくれた店員さんに言われて、どこか満更でもないような表情のまま、綾夏は僕の手を引いて夏祭り会場へと歩き出した。