土曜日の朝だというのに、目覚ましが平日と同じ時間に鳴っているのはなぜだっただろうか。
眠い目を擦りながら携帯のアラームを止めると、僕はゆっくりと起き上がる。
ベッドから出てカーテンの方に近づくと、それだけで熱気を感じる。
やはりというべきか、カーテンを開けると、まだこの時間だというのにじりじりと照り付ける朝日が視界に飛び込んでくる。
僕は、どこかモグラになったような気分で目を細め、その熱々しい光を浴びながら大きく伸びをする。
本当はもっと寝ていたかったりもするのだけど、健康的な生活というのはこいうことから始まっていくのかもしれないと、半ば自分に言い聞かせるようにする。
歯を磨いて朝食を食べ、あくびを交えながら制服に身体を通していく。
全ての支度を整えると、革靴を履いて灼熱のコンクリートに向かって歩き始める。
駅に続く道の先には陽炎が見えていて、手前にはハンカチ片手に大粒の汗を垂らしながら足早に通り過ぎていくスーツに身を包んだサラリーマンや、日傘をさして徹底的な紫外線対策を施している女性の姿が視界に入ってくる。
なるべく日陰を選んで歩いて駅に向かい、冷房がキンキンに効いた車内に乗り込む。
下界とのあまりの気温差に、肌に浮き出ていた汗が今度は寒さを引き連れてくる。
でも、すぐに電車は学校の最寄り駅に到着し、再び熱波に襲われる。
こんなことを繰り返していたら、いつか寒暖差アレルギーになってしまうのではないかと心配していると、すぐ目の前に高校の校舎が見えてきた。
休日の学校というのも、存外悪いものではないのかもしれない。
グラウンドは野球部が一面を使って練習をしていているけど、午前中のこの時間は第一校舎には、吹奏楽部の部員以外ほとんど人の姿は見えない。
逆に、吹奏楽の楽器の音が遠くからぼんやりと聞こえてきて、幻想的な雰囲気すら感じられる。
そして、第二校舎へと足を踏み入れる。
図書室の隣のいつもの場所、文芸部の部室に一番乗りで着いた――と思ったら、先客の姿があった。綾夏だった。
「あっ、蓮くんやっと来た! もう、遅いって。今何時だと思ってるの?」
綾夏はもうこれ以上は待ちきれないといった様子で、こちらに駆け寄ってくる。
「まだ九時半にすらなっていないじゃないか。今日は休日なんだから全然遅刻じゃないだろ。というか、そもそも集合時間なんて聞いていないから、いつ来たって遅刻にはならないはずだぞ」
「そんなことないよ! たとえ集合時間を決めていなくたっていつもの学校と同じ時間に来るのは当然だし、集合時間があったらその三十分前には来るのがマナーってやつだよ!」
「それは集合時間とは言わないと思うんだけど……」
せめて五分前集合とか言うならまだしも、綾夏の言っていることがまかり通ってしまったら、この世界から集合時間という概念は消え去ってしまうだろう。
「いいのいいの。ほら、早く部室に入ろうよ!」
綾夏は自分の言っていることのロジックが成り立っていないことは一切気にすることなく、僕の背中を押してそう促してくる。
綾夏の突っ張り攻撃のせいで鍵を開けるのに少し時間がかかってしまったけど、そのドアが開くと、昨日と同じ構図で、僕と綾夏はパイプ椅子に座って対峙する。
「――それで? 休日の午前中から呼び出して一体どうしたの?」
昨日の帰り際、綾夏が流れるように言った「毎日集合」という言葉。
それが平日の放課後だけを指すのか、それとも文字通り毎日なのかが分からなかった。
でも、綾夏のことだ。一分でも一秒でも早く行動に移したいと思っているに違いない。
そう思って学校が休みであるこの日に一応足を運んでみたのだけど、案の定僕の予想道理と言った結果になったから少し安心した。
もし僕が平日だけだと思っていたら、今頃惰眠をむさぼっている僕の家をどこからか聞きつけて突撃してきたのではないだろうか。
ちょっと想像しただけでも恐ろしい。
でも、それを現実にやってもおかしくないのが、この涼野綾夏という女の子である。
「どうもこうもありません! 文集を作るんです!」
綾夏ははっきりとそう言った。昨日の重大発表をした時と同じくらいのテンションで。
「なので、今日はそのための予定を立てようと思って蓮くんにも来てもらいました!」
「おぉ、綾夏って意外としっかりしてる……?」
「ちょっと蓮くん、それってどういう意味?」
「えっ、いやっ……何でもないです」
「そう、なら続けます」
綾夏が発した言葉でかなりまともな方向のものだったから、つい思っていたことが口から漏れてしまった。
「文集を作るためには取材活動が必要です。別々にするとなんかつまらないので、なるべく二人で予定を合わせていきたいと思います。文芸部は私と蓮くんの二人なので、その辺りを調整をしていきます!」
珍しく綾夏の語調が丁寧になっているけど、僕はそれに一つ言わなければいけないことがあった。
「あのさ、綾夏」
「どうしたの?」
「昨日言いそびれたことがあって」
「うん」
「実は、この部って僕たちの他にもう一人いるんだ」
「えっ、本当に⁉」
小説のクライマックスで大どんでん返しを喰らってしまった読者のように、綾夏は目を大きくそして丸くしながら聞き返す。
「うん、まぁ、幽霊部員だけどね」
「もう、なんでそんな大事なことを言わなかったのよ! 幽霊だろうが関係ないよ! 蓮くん、今すぐその人をここに招集して!」
綾夏のテンションがもう一段階上がってしまった。
「でも、忙しいかもしれないから、来れる保証はしないよ」
「大丈夫。もし来れないことがあっても、私が引っ張り出してあげるから」
一体何が大丈夫なのだろうか。
もし用事で来れないとか言ったら、それこそ本当に突撃して強引にでも連れてきてしまうかもしれない。ごめんね、永田……。
半分謝罪の意を込めながら、コールボタンをタップする。
しかし、何コールしても電話は通じない。
綾夏に無言で首を横に振り、携帯から耳を話したときだった。
「――はい、もしもし」
かすれたような声が僕の携帯から聞こえた。
もしかしたら寝起きなのだろうか。
もしそうだとすれば、岸浜高校の生徒会長様の何とも意外な一面を知ってしまったことになるだろう。
「あ、えっと……永田?」
「そうだけど? というか、あなたから電話をかけているのだから、それに出るのは私以外なわけないでしょ?」
せっかくの睡眠を邪魔されたことに少し不機嫌になってしまったような返答だっただけに、この先の言葉を彼女に言うのが少し憚られてしまう。
しかし、綾夏はそんな僕と永田との会話は聞こえておらず、小声で「早く早く!」と全身を大きく使ってせかしてくる。
いつまでも躊躇っていたら、永田には不審がられるし、挙句の果てには綾夏に携帯を強奪されて勝手に話を進められてしまうかもしれない。
「――あ、あのさ永田。その……今から部活に来れる?」
通話口から音が消える。代わりに、僕の視線の先で綾夏がガッツポーズを作っている。なんとも対照的な反応だった。
しばらくしても返事がなかったから、実はもう電話が切られていると思って確認してみたけど、まだ通話中の表示が見える。
「あ、あの……永田さん?」
僕は努めて丁寧に彼女の名前を言う。すると、
「――午前中までならいいわよ」
「本当に?」
「えぇ」
「ありがとう。それじゃあ新入部員と一緒に待ってるね」
「えっ⁉ 新入部員ってどういうこと?」
永田は通話口の先で驚きの声を上げる。
「まぁ、とにかく。その辺りも含めて色々話したいことがあるからさ」
「わ、わかった」
永田は納得と疑問の半々のような返事をして通話を切った。
「やったね、蓮くん!」
「そ、そうだね」
喜びを爆発させる綾夏とは対照的に、僕はある懸念を抱いていた。
生徒会長ではあるけど、そこまで人付き合いが得意ではない永田と、コミュニケーションお化けの綾夏。
この二人が相見えたとき、この部室でどのような化学反応が起きるのかということを――。
眠い目を擦りながら携帯のアラームを止めると、僕はゆっくりと起き上がる。
ベッドから出てカーテンの方に近づくと、それだけで熱気を感じる。
やはりというべきか、カーテンを開けると、まだこの時間だというのにじりじりと照り付ける朝日が視界に飛び込んでくる。
僕は、どこかモグラになったような気分で目を細め、その熱々しい光を浴びながら大きく伸びをする。
本当はもっと寝ていたかったりもするのだけど、健康的な生活というのはこいうことから始まっていくのかもしれないと、半ば自分に言い聞かせるようにする。
歯を磨いて朝食を食べ、あくびを交えながら制服に身体を通していく。
全ての支度を整えると、革靴を履いて灼熱のコンクリートに向かって歩き始める。
駅に続く道の先には陽炎が見えていて、手前にはハンカチ片手に大粒の汗を垂らしながら足早に通り過ぎていくスーツに身を包んだサラリーマンや、日傘をさして徹底的な紫外線対策を施している女性の姿が視界に入ってくる。
なるべく日陰を選んで歩いて駅に向かい、冷房がキンキンに効いた車内に乗り込む。
下界とのあまりの気温差に、肌に浮き出ていた汗が今度は寒さを引き連れてくる。
でも、すぐに電車は学校の最寄り駅に到着し、再び熱波に襲われる。
こんなことを繰り返していたら、いつか寒暖差アレルギーになってしまうのではないかと心配していると、すぐ目の前に高校の校舎が見えてきた。
休日の学校というのも、存外悪いものではないのかもしれない。
グラウンドは野球部が一面を使って練習をしていているけど、午前中のこの時間は第一校舎には、吹奏楽部の部員以外ほとんど人の姿は見えない。
逆に、吹奏楽の楽器の音が遠くからぼんやりと聞こえてきて、幻想的な雰囲気すら感じられる。
そして、第二校舎へと足を踏み入れる。
図書室の隣のいつもの場所、文芸部の部室に一番乗りで着いた――と思ったら、先客の姿があった。綾夏だった。
「あっ、蓮くんやっと来た! もう、遅いって。今何時だと思ってるの?」
綾夏はもうこれ以上は待ちきれないといった様子で、こちらに駆け寄ってくる。
「まだ九時半にすらなっていないじゃないか。今日は休日なんだから全然遅刻じゃないだろ。というか、そもそも集合時間なんて聞いていないから、いつ来たって遅刻にはならないはずだぞ」
「そんなことないよ! たとえ集合時間を決めていなくたっていつもの学校と同じ時間に来るのは当然だし、集合時間があったらその三十分前には来るのがマナーってやつだよ!」
「それは集合時間とは言わないと思うんだけど……」
せめて五分前集合とか言うならまだしも、綾夏の言っていることがまかり通ってしまったら、この世界から集合時間という概念は消え去ってしまうだろう。
「いいのいいの。ほら、早く部室に入ろうよ!」
綾夏は自分の言っていることのロジックが成り立っていないことは一切気にすることなく、僕の背中を押してそう促してくる。
綾夏の突っ張り攻撃のせいで鍵を開けるのに少し時間がかかってしまったけど、そのドアが開くと、昨日と同じ構図で、僕と綾夏はパイプ椅子に座って対峙する。
「――それで? 休日の午前中から呼び出して一体どうしたの?」
昨日の帰り際、綾夏が流れるように言った「毎日集合」という言葉。
それが平日の放課後だけを指すのか、それとも文字通り毎日なのかが分からなかった。
でも、綾夏のことだ。一分でも一秒でも早く行動に移したいと思っているに違いない。
そう思って学校が休みであるこの日に一応足を運んでみたのだけど、案の定僕の予想道理と言った結果になったから少し安心した。
もし僕が平日だけだと思っていたら、今頃惰眠をむさぼっている僕の家をどこからか聞きつけて突撃してきたのではないだろうか。
ちょっと想像しただけでも恐ろしい。
でも、それを現実にやってもおかしくないのが、この涼野綾夏という女の子である。
「どうもこうもありません! 文集を作るんです!」
綾夏ははっきりとそう言った。昨日の重大発表をした時と同じくらいのテンションで。
「なので、今日はそのための予定を立てようと思って蓮くんにも来てもらいました!」
「おぉ、綾夏って意外としっかりしてる……?」
「ちょっと蓮くん、それってどういう意味?」
「えっ、いやっ……何でもないです」
「そう、なら続けます」
綾夏が発した言葉でかなりまともな方向のものだったから、つい思っていたことが口から漏れてしまった。
「文集を作るためには取材活動が必要です。別々にするとなんかつまらないので、なるべく二人で予定を合わせていきたいと思います。文芸部は私と蓮くんの二人なので、その辺りを調整をしていきます!」
珍しく綾夏の語調が丁寧になっているけど、僕はそれに一つ言わなければいけないことがあった。
「あのさ、綾夏」
「どうしたの?」
「昨日言いそびれたことがあって」
「うん」
「実は、この部って僕たちの他にもう一人いるんだ」
「えっ、本当に⁉」
小説のクライマックスで大どんでん返しを喰らってしまった読者のように、綾夏は目を大きくそして丸くしながら聞き返す。
「うん、まぁ、幽霊部員だけどね」
「もう、なんでそんな大事なことを言わなかったのよ! 幽霊だろうが関係ないよ! 蓮くん、今すぐその人をここに招集して!」
綾夏のテンションがもう一段階上がってしまった。
「でも、忙しいかもしれないから、来れる保証はしないよ」
「大丈夫。もし来れないことがあっても、私が引っ張り出してあげるから」
一体何が大丈夫なのだろうか。
もし用事で来れないとか言ったら、それこそ本当に突撃して強引にでも連れてきてしまうかもしれない。ごめんね、永田……。
半分謝罪の意を込めながら、コールボタンをタップする。
しかし、何コールしても電話は通じない。
綾夏に無言で首を横に振り、携帯から耳を話したときだった。
「――はい、もしもし」
かすれたような声が僕の携帯から聞こえた。
もしかしたら寝起きなのだろうか。
もしそうだとすれば、岸浜高校の生徒会長様の何とも意外な一面を知ってしまったことになるだろう。
「あ、えっと……永田?」
「そうだけど? というか、あなたから電話をかけているのだから、それに出るのは私以外なわけないでしょ?」
せっかくの睡眠を邪魔されたことに少し不機嫌になってしまったような返答だっただけに、この先の言葉を彼女に言うのが少し憚られてしまう。
しかし、綾夏はそんな僕と永田との会話は聞こえておらず、小声で「早く早く!」と全身を大きく使ってせかしてくる。
いつまでも躊躇っていたら、永田には不審がられるし、挙句の果てには綾夏に携帯を強奪されて勝手に話を進められてしまうかもしれない。
「――あ、あのさ永田。その……今から部活に来れる?」
通話口から音が消える。代わりに、僕の視線の先で綾夏がガッツポーズを作っている。なんとも対照的な反応だった。
しばらくしても返事がなかったから、実はもう電話が切られていると思って確認してみたけど、まだ通話中の表示が見える。
「あ、あの……永田さん?」
僕は努めて丁寧に彼女の名前を言う。すると、
「――午前中までならいいわよ」
「本当に?」
「えぇ」
「ありがとう。それじゃあ新入部員と一緒に待ってるね」
「えっ⁉ 新入部員ってどういうこと?」
永田は通話口の先で驚きの声を上げる。
「まぁ、とにかく。その辺りも含めて色々話したいことがあるからさ」
「わ、わかった」
永田は納得と疑問の半々のような返事をして通話を切った。
「やったね、蓮くん!」
「そ、そうだね」
喜びを爆発させる綾夏とは対照的に、僕はある懸念を抱いていた。
生徒会長ではあるけど、そこまで人付き合いが得意ではない永田と、コミュニケーションお化けの綾夏。
この二人が相見えたとき、この部室でどのような化学反応が起きるのかということを――。