こんな試合を先輩たちとたくさん
こなせたら、なんて思いながら日々は過ぎていき、いよいよインターハイの当日となった。まずは一回戦目だ。相手はいわゆる
普通の高校で、勝ち目は十分にあった。俺の出番はないだろうな、なんて考えながら試合が始まった。序盤から先輩たちが押して
行く。バスケの試合は第一クォーターから第四クォーターまで、一クォーター10分の計40分を争うのだが、第三クォーターまでで
20点差をつけて先輩たちが勝っていた。このままいけば勝ちは間違いないだろう。そう思っていると、顧問兼監督が言った。
「これだけの点差があるんだから、第四クォーターは控えの選手に経験を積ませようか。そうだな・・・萩原、出ろ!」
まさかの事態だった。この場面で俺が出る?大丈夫か?そんなことが頭をよぎったが出ろと言われたのに出ないなんて言うわけにも
いかない。そんなことを考えているうちに笛が鳴り、交代の合図だ。
「萩原、頼むぞ」
そう先輩が言ってきた。俺にとってはデビュー戦だ。心臓の高鳴りが自分でも聞こえる。絶対にミスをしてはいけない。
そんなことを考えながらコートの中に入る。俺の前の相手選手がパスを受け取った。守らなければ、という思いが強くつい手を
出してしまった。笛が鳴る。ファウルだ。
「萩原、どんまい」
部長が言ってくる。まずい、このままでは先輩たちの足を引っ張ってしまう。そんなことを考えていると内藤先輩が近寄ってきた。
怒られるのだろうか。
「緊張してますって顔に書いてあるな、大丈夫か?」
大丈夫です、と答えようにも緊張で声が出ない。すると内藤先輩が言った。
「あー、えっと、後輩のミスをフォローするのが先輩の仕事だってやつかな?だから、好きなだけミスしていいぞ。あ、もちろん
ミスしない方がいいけどな」
その言葉を聞いた途端、俺の体は軽くなった。ミスしてもいいのか?内藤先輩の言葉をそんな簡単に受け入れられはしないが、
体が軽くなったのは事実だ。そこからというもの、俺は大きなミスはなかった。そして終盤、俺の元へとパスが来た。
「打て!」
そんな声が聞こえたので、俺は迷わずシュートを打った。綺麗な放物線を描いたシュートは、ゴールに吸い込まれた。これが
勝敗を決める点だとかそんなことは一切ないのだが、俺はこのことを忘れないだろう。そんなことを考えているうちに、試合が
終わった。うちのチームの勝ちだ。
試合が終わってベンチに戻ると陸が駆け寄ってきた。
「やったな!チームは勝てたし、お前も活躍したな!」
そう言いながら、俺の肩を叩いてきた。陸は今日の試合に出ることはなく、ベンチでチームを応援していた。自分ではミスが多いと
思っていたが、負けてはいないしシュートを決めることもできたので、合格点の活躍をしたと言って良いだろう。そんなことを
考えていると部長が近寄って
「突然の試合参加で驚いたかな?最初の方はともかくとして、途中から随分落ち着いてプレーできていたように見えたよ」
と言ってくれた。俺は頭を下げた。そして部長に言った。
「試合に出てすぐにファウルをしてしまったんですけど、あれのことを怒ったりはしないんですか?」
「なんだ、怒って欲しいのか?」
「いえ、そういうわけではないんですけど、迷惑をかけたかなって思って」
「誰だって、毎回100点のプレーができるわけじゃないんだから気にしなくていいんだ。ファウル一回で怒るんだとしたら、他の
メンバーだってファウルくらいはしているぞ、そいつらも怒るべきだってことかな?」
「いえ、そういうわけでは・・・ありがとうございます」
そう言って部長は俺の肩を叩いて離れていった。次の試合は少し時間を置いてから行われるようだ。この状況下でどこかに出かける
なんてことをするはずもなく、あっという間に時間が過ぎていった。そして二回戦だ。スタメンはいつも通りの先輩たちで、また
試合が始まった。二回戦目の相手もそこまで強い相手ではないようで、終始先輩たちが押しているようだった。
そして第三クォーターを終えた時点で12点差で先輩たちが勝っていた。
「よし、この試合もこのままなら勝てそうだから、また別のメンバーを使おうかな」
部長が言った。さっき試合に出たのだからきっと俺はないだろうと思って少し安心していた。
「じゃあ・・・吉田、出ろ!」
次は陸のようだ。陸は柄にもなく緊張しているようで、呼ばれた時に変な声を出していた。ここでからかってやろうかと思ったが、
自分がそれをやられたらな、と思い静かに活躍を祈った。そして、第四クォーターが始まった。陸の動きをじっと見ていたが、
はっきり言って他の人たちとそん色のないレベルだった。そして陸の得意技であるスティールもそれなりに決まって、試合は
14点差でうちのチームが勝利した。ベンチに帰ってくるメンバーが祝福される中、俺は陸の元へと向かった。
「やったな!大活躍だったな!」
「え?何が?」
「何がって・・・スティールとかしっかりできてただろ!」
「え?そうなの?・・・そうか」
いつもの陸と違う。少し心配だったが、試合に出たという緊張からなのだろう。俺もあんなものだったのかもな、なんて考えながら
その日の試合は終わった。
そして翌日、三回戦だ。今回の相手は、今までに比べるとかなりの強豪だ。前年度、ベスト4入りをしている学校で、今年の
今までのスコアも圧倒的なスコアで勝ち進んでいる。こういう強い相手の場合は出番はないだろうと思いながらも、行かない
わけにはいかないので準備を進め、地方の体育館へと向かった。俺が体育館へ着くと、陸がいた。
「よう。今日は出番はなさそうだけど、頑張って先輩たちを応援しような」
「ああ、翔か。出番は監督が決めることだからわからないけど、頑張ろう。それと、ごめんな」
「ごめん?どうした?」
「昨日だよ。試合が終わった後、声をかけてくれただろ?俺、興奮してて何も言えなかった」
「初試合なんだからそんなものだよ、気にするな。さあ、行こうぜ」
そんな話をしながら、体育館の中へと入っていった。そしてウォーミングアップが終わった段階で、試合が始まった。試合は、
やはり相手が押していた。大きな点差がつくことはないが、点差が縮まることもないと言った様子で一進一退の攻防が進み、
第三クォーターを終えた時点で10点差で負けていた。そして第四クォーターまでの休憩の間に、監督が言った。
「今までと同じ攻め方をしていても、このままだと負けてしまう!ここで賭けにはなるが、メンバーチェンジをするぞ!」
確かに、第一クォーターから同じような攻防が続いている。相手からすれば、このままいけば負けないのだから博打は打ってこない
だろう。となると、こちらから仕掛けるしかない。
「萩原と吉田、入れ!」
俺は驚いて、返事ができなかった。それは、陸も同様のようだ。一瞬の沈黙とともに我に返った俺は、思わず声をあげた。
「「ちょっと待ってください!なんで俺なんですか!」」
同じことを陸も言ったようで、声が二重になった。
「現状を変えるにはお前ら二人がいると良いと思ったからだ。思い切ってやってこい!」
そう言われたが、心の準備ができていない。だがそんなことを言ってベンチにいさせてくれ、なんて言うわけにもいかない。
そもそも、ベンチ入り出来なかった部員を退けて俺はこの場にいる。さらには、今出場している先輩を退けて試合に出る。
このプレッシャーは大変なものだし、俺だって負けたくない。負けないためには俺が出ない方がいいのでは、と思うが監督は
俺が出れば勝つ見込みがあると言ってくれている。となれば、全力を尽くすしかない。そう考えて、俺と陸は体を動かし始めた。
「陸、一世一代の場だな。頑張ろう」
「ああ、頑張ろう。緊張していてミスしました、なんて言えないからな」
そう言っていると、笛が鳴った。第四クォーター開始だ。
第四クォーターに入って、俺と陸が入ったからと言ってすぐに何か変わると言うことはなかった。俺や陸の動きは簡単に
止められるし、先輩たちも今まで通り守られている。このまま行けば点差を縮められずに負けてしまう。どうにか、いい手は
ないだろうか。そう考えた時、俺は自分の意識の変化を不思議に思った。試合中にこんなことを考えるのはおかしいと思うかも
しれないが、試合中だからこそ考えられたことだ。そもそも、俺が部活に入った理由はただバスケが少し楽しいと思えたからだ。
近くに陸がいてくれたこともあるし、一緒に成長できる仲間がいるならやってもいいかな、くらいの気持ちだった。それに、
俺がバスケに興味を持った理由である漫画のことを考えた時だって、『なぜ次の年ではだめなのか』と考えていたじゃないか。
それなのに、今の俺は必死で勝ちを探っている。それは何故なのだろうか。まだまだバスケ初心者の一年生なのだから、来年、
再来年頑張ればいい。これでバスケを辞めなければいけないというわけでもないのだから、もっと気軽に考えてもいいのでは
ないだろうか。頭ではそう考えたが、納得ができなかった。そんなもやもやとした状態でプレーを続けていると、ボールがコートの
外に出そうになった。陸が追いかけたが、間に合わなかった。その時、陸はいわゆる『床掃除』と言われるような床への滑り込みを
した。大丈夫か?と思い俺は陸の元へ駆け寄った。
「陸、大丈夫か?」
「ああ、俺は大丈夫。ボールは?」
「残念だけど、コートの外に出ちゃったよ」
「くそ!間に合わなかったか!」
凄く悔しそうにしている陸を見て、俺はさっき自分で考えた思いをぶつけてみた。
「そこまで必死になる必要あるのか?」
「何言ってるんだ?試合なんだから、必死になるに決まってるだろ!」
「それはそうなんだけど・・・これで俺たちのバスケが終わりってわけじゃないだろ?だから、怪我しそうなくらいのプレーを
する必要はあるのかなって思ってさ」
「そうだな、俺たちは終わりじゃないな。だけど、部長をはじめとする先輩たちの中にはこれで負けたら高校でのバスケは
終わりだって人もいるよな。そんなこと、一々考えてたわけじゃないけど、俺は全力を尽くすよ」
そう言われて、俺の中で何かが落ちたような感覚があった。なるほど、そういうことか。これまで、俺と陸は先輩たちにたくさん
助けられてきた。見学の時から居残り練習まで、ずっと付き添ってくれた部長、見学の時にシュートの仕方を教えてくれた先輩、
居残り練習の方法を示してくれた内藤先輩。この場で、先輩たちとお別れがしたくない。漫画で描かれていた負けたくないと言う
気持ちには、この部分が含まれていたのだ。そう言う風にも思えた今、やはり負けたくはない。そこからのプレーは全力を
尽くした。が、結果は及ばず、8点差で負けてしまった。
負けてベンチに戻る時、俺は顔を上げられなかった。俺のせいで負けた、なんて思えるほど活躍もミスもしなかったが、それでも
やはり先輩たちに合わせる顔がなかった。できるならばこの場から逃げ出してしまいたい。そう考えていると肩を叩かれた。
「お前らが試合に出て少し流れは変わったんだけど・・・足りなかったな」
部長が声をかけてきた。いっそのこと、俺のせいで負けたと言ってくれたら良かったのに、なんて考えたがそんなことを言う
部長ではないことは俺はよくわかっていた。肩をがっくりと落としながらベンチに向かうと、みんなが迎え入れてくれた。
「ナイスゲーム!」
「惜しかったぞ!」
そんな声ばかりが聞こえてくる。誰も選手を責めるような声はない。
「どうしてですか!」
後ろから突然大きな声が聞こえた。陸だった。
「この試合、俺のせいで負けたかもしれないのに、なんでみんな俺のことを責めないんですか!ナイスゲームだって、勝てなきゃ
意味がないでしょう!」
辺りが一瞬静寂となる。が、その後すぐに笑いが起きた。不思議な顔をする陸。部長が陸と話し出した。
「吉田、お前、自分のせいで負けたとか思ってるのか?随分な思い上がりだな」
「思い上がってないですよ。でも俺が試合に出て負けたんだから、俺のせいじゃないですか」
「そうだな。じゃあ最初から試合に出てた俺や内藤なんかはもっと罪が重くなるんだけど、お前は俺たちを糾弾したいのか?」
「そんなわけないじゃないですか!でも、俺、もっと先輩たちと一緒にいたかったです」
「そうやって思ってくれる後輩がいてくれる、それだけで俺は部活に費やした意味があったと思えたよ。これで今生の別れに
なるわけじゃないんだ、大人になったらバスケして、終わったら酒でも飲もうぜ」
その言葉を聞いて、陸の目からは涙が溢れていた。当然だが、俺の目からもだ。
「おいおい、泣くなよ。でもそうだな、こうやって慕ってくれる後輩がいてくれたこと、一生の自慢にできるよ。お前らの部活は
まだまだ続くんだから、俺を見習って後輩に慕われる先輩になってくれよな?」
「自分で言います?それ」
陸がそう言うと、みんなが笑った。試合に負けたチームとは思えないほどだった。高校で不意に部活に入って、様々な経験をした。
尊敬できる先輩がいてくれたこと、一緒に戦える仲間がいてくれたこと。ちんけな言葉になるけど、これが俺にとっての一生の
宝物になるだろう。