「わあっ、異国って感じですねえ!」

 ダスザインの港町はとても賑わっていた。港町だからか、ここで店を営む幾らかの店主はエクリ語やブレイズ語が多少は分かるらしい。
 行き交う人々はエクリでは見たこともないような服を着て、様々なものがあっちこっちを通っている。そんな異国情緒に当てられたのか、ルアとイーファは完全に旅行気分だった。
 さっき感嘆していたルアは早速屋台の食べ物に目がくらみ、イーファに至っては積み上げられた古典魔導書によだれを垂らしている。

「お前ら……俺たちが何をしに来たのか覚えてるか?」
「旅行ですよね」
「ちげえよ……」

 呆れて物が言えない。大事な目的をすぐに失念するとは。
 しかし、女の子二人にすがるような視線を当てられると、そう硬いことばっかり考えていられなくなる。懐に突っ込んでいた通貨を幾らか二人に分けてやった。

「好きなものを買って満足したら戻ってこい」
「やったぁ!!」
「キリルさん、ありがとうございます!!」

 ルアは両手を上げて喜び、イーファはぺこりと丁寧にお辞儀をして去ってゆく。
 街の喧騒以上に騒がしい二人が各々の欲しい物を得るために去っていくと俺は疲れ切ったようにため息をついた。星空の下であれほど気持ちのいい睡眠を貪ったというのにだ。

「はぁ、まったく」

 まあいい。外国に来れば誰だってこんなものだろう。今のうちに英気を養って、アルトとの邂逅に備えてもらおう。
 そんなことを思いながら、ダスザインの町を見回すと見覚えのある人影が目に止まった。はちきれそうなプロポーションがギルド受付嬢のフォーマルな服装をパツパツにしている。銀色の髪飾りの付いた緑のショートヘアが汐風になびき、栗色の瞳は困ったようにへなっとした視線を目の前の男たちに向けていた。
 そう、アネッサだ。彼女は何故か三人のガラの悪そうな男に囲まれて困っていた。俺は男たちに近づいていく。三人の背後から、声を掛けた。

『俺の女に何かようか?』

 アネッサは俺の声に気づくと顔色を明るくして、こちらを見た。男たちも俺に気づいたようで、イライラしたような顔つきでこちらを見てきた。

『ちぇっ、連れが居たんなら言えよ』
『つまんね、行こうぜ』

 男たちが去っていくとアネッサは安心したのか息をはいた。

「こういう奴らあしらうの得意じゃなかったっけか」
「言葉が通じないとどうも、ね?」
「そんなもんか」

 背後から誰かが近づいてきた気配がしたので俺は後ろを見た。ルアとイーファだった。ルアはそれぞれの手と口に串焼きを咥えているし、イーファは両手に顔が隠れるほどの本を買ってきていた。

「あーあねっあさーいあうえうあー(ああ、アネッサさん居たんですかぁ)」
「お前は食べるか、喋るかどっちかにしろ」
「お知り合いがいるんですか?」

 イーファが本の山から顔を出した。二人を見たアネッサはなんだか怪訝な様子だ。

「あなたって、子供の引率をやるようなタチだったかしら」
「俺だって子守なんかしたくねえよ」

 ため息交じりに答える。すると、ルアが手に持った串焼きを振り回しながら、眉を吊り上げた。

「あーいいうあー! ああ、おおおっえいいあいあえー!!(あー、キリルさん! また、子供って言いましたね!!)」
「だから……」
「わ、私は確かに子供ですけど、お守りされるような年齢では……」
「はあ……」

 なんだかダルさまで感じてきた。異国の水に当たるとはよくいうが、汐風だけでも十分当たるものらしい。
 アネッサは腕を組みつつ、不思議そうに俺のことを指差した。

「そういえば、なんでアイゲントリッヒなんかに居るのよ?」
「こっちのセリフだ」

 アルトを追ってここまで来たとは言えなかった。過去の師匠のことはアネッサも良く知っている。若い頃は師匠の凄さをギルドの受付で彼女に語って、依頼を取りに来た冒険者に邪魔だと怒られたこともあった。
 だからこそ、目の前で師匠が殺人を犯したとは言いづらい。だが、俺が口をつぐんでいても、他人の口を縫い付けることはできなかった。

「キリルさんのお師匠様に会いに来たんですよ」
「え? キリルの師匠って……フサールさんのことよね」

 答えたくないと思いつつも首肯する。アネッサも魔王討伐戦争の後に彼が失踪したことを知っている。不思議そうに思うのも無理はなかった。
 そんなことよりも俺は話を変えたかった。

「そっちはどうなんだ。アイゲントリッヒなんかに遠出する用事があるのか?」
「そうなのよ、冒険者が一人失踪したのよ!」
「はあ」

 心底どうでもいいというような声が出てきてしまった。まあ、ギルドの関係者なら分かることだが、冒険者の失踪なぞ珍しくないことなのだ。年に数人は無茶な依頼の遂行や事故で失踪する。

「そんなことでわざわざアイゲントリッヒまで来たのか」
「その失踪した冒険者がミシェルだって言っても、『そんなこと』なんて言ってられる?」
「ミシェルって、ミシェル・ドゥ・ルーズのことか?」
「そうよ」

 イーファが首を傾げた。

「その方もお知り合いなんですか?」
「あ、ああ……まあな……」

 ミシェル・ドゥ・ルーズ――ディセミナシオンギルドに所属する斥候(スカウト)職の冒険者だ。それだけなら、何でも無い何処にでも居るギルドメンバーだ。しかし、ミシェルの特別なところは彼が魔王討伐戦争の時の勇者パーティーに所属していたということにある。
 ミシェルは、俺のことを特に気にかけてくれていた。他の連中は翻訳者など眼中にないという様子だったのに彼だけは親身に接してくれたのだ。だからこそ、彼のことはよく覚えていた。

「そんな玄人がいきなり失踪するなんておかしいでしょ。だから、ギルドマスターに調査を依頼されたのよ」

 アネッサの言うとおり、失踪する冒険者は自分の力を理解していない初心者であることが多い。中ランク帯以上に属する冒険者にもなってくると引き時というものが分かるようになるからだ。致命的で無駄な受傷を避けて、有益で効率的な戦い方が出来るようになった彼らのなかには失踪する者が少ないのだ。

「それは確かに気になるな……」
「ごめん、今度も手伝ってくれない?」

 アネッサが手を合わせて申し訳無さそうにこちらの様子を伺う。アルトを追いたいが、かといってミシェルのことは気になるし、アイゲントリッヒ語の分からないアネッサをここに置いていくのも心が痛む。
 俺は隙を見て、ルアの手から一本串焼きを取って、一口食べる。エクリにはあまり無い素朴な味付けが口に広がった。

「しょうがないな、俺も気になるし手伝ってやるよ」
「ありがとっ! さすがキリルね!」

 ルアとイーファは何か面白そうなことが始まる前触れを感じていたのか、興味深そうな視線で静かにこちらを観察していた。