「クソッ……」
毒づきながら、目の前の肉をガツガツと食う。
エールでそれを流し込んで、次の皿に手を付ける。まさに暴飲暴食という表現が正しく当てはまる状況だった。
俺とイーファはルアが去った後、最初に訪れた食堂に来ていた。イーファは自分で注文することは無く、俺が注文した肉の切れ端一口分で満足していた。
「お前、それ以上食べないのか?」
「え? ええ……」
いきなり食べる手を止めた俺をイーファは困惑した目で見てきた。
「こういうところ、一人で来たことが無くて……食事は自分で作れますし、あまり食べない方なので……」
「そうか」
俺はまた肉とエールに手を伸ばした。
手を伸ばして、ため息を付いた。
「はあ、訳分かんねえよ」
「……でも、わたし、彼女の気持ちもわかりますよ」
イーファは何処か遠くを見るような目で言った。
「誰かに認められたい、自分を認めたいって気持ちは誰にでもあると思うんです。わたしも花火を楽しんでくれた町の人達を見て、とても嬉しかった。だからこそ、彼女はそっちを選んでしまったんだと思います」
「あァ?」
酔いが回った頭は紳士的な対応を良しとしなかった。ついつい出てしまった悪態にイーファはびくっと体を震わせて反応する。
「あうっ……ご、ごめんなさい……! でも、わたしが言いたいのはそれで良いってことじゃなくて……」
手をわたわたさせながら、否定するイーファ。
「ルアさんは吟味して決断したんじゃないんです。一時の気分の流れで本家に戻った。それでお兄様との約束を果たさないとなると、彼女はきっと後悔すると思います」
「……だろうな」
少しは思考がクリアになったような気がした。やるべきことが見えてきた。
俺はエールの残りを飲み干してから、立ち上がる。イーファもそれに釣られて、席を立った。その顔は俺の次の言葉を心待ちにしているようだった。
「よし、ルアのところに行って、説得するぞ」
「はい……っ!」
待ってましたとばかりにイーファは明るい顔を見せる。
馬車を呼び付けて、行き先を伝える。確か、ルアは去り際に本家がメルローの町にあると言っていた。そう伝えると馬車主は少し不安げな表情を浮かべた。
しかし、エクリ人の容姿の俺がブレイズ語もエクリ語も話せることや宮廷魔導師が居ることに安心したのか、馬車は問題なくアーザスを出発した。
「それにしても」
馬車に揺られてうとうとしていたイーファが俺の言葉ではっと顔を上げる。
酔いの冷めた頭が現実的な問題を想起させていた。
「説得するとは言ったが、どう説得するか何も考えてなかったな」
「あ、それなら、一案ありまして……」
「一案?」
イーファはこくりと頷いた。
「ルアさんは、本家に能力を認められたんですよね?」
俺は首肯する。ルアの目的は自分の能力を認めさせて、本家を見返すこと。その目的が実現されてしまった今だからこそ、彼女はメルローに帰ったのである。
「じゃあ、私達の手でルアさんを無能に見せかければ良いのです!」
「は、はあ……」
筋は通っていたが、それは説得というより作戦のようなものだ。それ以上に驚いたのは思ったより酷いことを言っているということだった。
俺の反応にイーファは不安げな表情を見せる。
「もしかして、ダメでしたか? やっぱり、私の考えることなんて……」
「い、いや、続きを聞かせてくれ」
「続きですか……その、えっとぉ……」
「どうした?」
イーファほどの人間なのだから、もう少し細かい作戦を立てていると思ったが、どうやらそうでもないらしい。俺のアイデア勝負のクセが彼女にも移ったのだろうか。そんな下らないことを考えているうちに彼女は再び口を開いた。
「た、例えば、廊下にバナナの皮を置いてルアさんを転ばせたりとか……ですか?」
「はあ、お前可愛いな」
「か、可愛いっ!?」
らしくもなく、感想が率直に出てしまった。
イーファはといえば両頬を押さえながら、顔を赤くしていた。ややあって、何かを否定するように顔を左右に振り始めた。後頭部のポニーテールも一緒に左右に振れる。
「と、と、と、とにかくっ、どうにかしてルアさんを本家の人たちに無能だと思わせないといけませんっ!」
顔を真赤にしながら、イーファは叫ぶ。だが、その瞬間何かに気づいたようにはっとして顔を上げた。今度は慌てた様子で、肩を尖らせ、また手をわたわたさせる。
「あ、いや、その、別に私がルアさんのことを無能だと言ってるわけじゃないですよ! わたしなんかがルアさんを無能呼ばわりなんて、あ、あ、あ、ありえませんからっ!」
「お前忙しい人間だな」
今度は普段どおりの俺の反応だった。
それを聞いたイーファは動きが固まり、ゆるゆると手を膝の上に置いて、恥ずかしげに俯いてしまった。「ううぅ……」と羞恥に嘆く小さな声が聞こえてくる。
俺は咳払いを一つした。
「何はともあれ、今のところ思いつくのは、本人に直接説得を掛けるか、お前の案くらいだろう。手伝ってくれ、イーファ」
彼女の肩を叩いていう。イーファの体は瘧に罹ったかのように震えた。
「は、はい……わたしに出来ることなら何でも……」
答えは尻すぼみしていたが、もう一度旅のメンツに戻ってもらうということは俺達の間で共通の目的になっていた。
メルローの町に到着したのは、その日の夕暮れ頃だった。移動する馬車の上は日中の朗らかな陽光に当てられて、最高の昼寝環境だった。俺とイーファはいつの間にか寝てしまっていたが、俺は到着の直前に起きていた。イーファが俺のほうにもたれかかって、肩の上に頭を載せていたからだ。
年頃の娘と密着しているというだけで自動的に緊張状態になってしまう。これは何度でもいうが、幼児体型は好みではないのだ。
「イーファ、着いたぞ」
「うぅ……ここは……?」
俺の肩の上に頭を載せたまま、イーファは目をしょぼしょぼさせていた。ややあって、俺にべったりだったことに気づいたのか、白雪のように真っ白な顔が瞬時に真っ赤に染まった。
「ひぁっ!! ご、ごめんなさい!」
「大丈夫だ」
「よ、寄っかかってしまって、重くなかったですか!?」
「簡単にお姫様抱っこ出来るくらいだからな。軽いものさ」
ぼんっ、と湯気が上がるような感じがした。
「は、はうぅ……その……」
「むしろ、暖かくで心地よかったぞ」
「ううぅ……恥ずかしいよぉ……」
イーファは顔を覆って、座席の上で丸まってしまった。この姿も可愛いが、何かいけないことをしてしまったような気もしていた。
少しからかい過ぎたか、と心の中で反省する。イーファはしばらく馬車の中に籠もっていた。
馬車を降りると風光明媚な景色が広がっていた。二人でその風景を見て、息を呑んだ。
凝った趣向の建物が道に並び、その道は味のある石畳で舗装されている。町の背を支えるようにそびえ立つ山は青々しい木々が彩っている。他の街とは異なり、人が行き交っていないというのもさっぱりした風景を感じさせる要因であった。
ディフェランス家がここに居を構えている名家だというのも納得できるものだった。
「来たは良いものの、日が暮れてきたな。今日は宿に入って、明日から行動開始するか?」
「いえ、今すぐ行きましょう」
イーファはまっすぐ前を見据えて言った。
「暗がりの方が、ルアさんのお宅にお邪魔するには適していると思います」
「結構大胆なこと考えてるんだな……」
呆れつつ、周りを見渡す。
知っている情報はメルローに居るということだけだ。動けるものなら動きたかったが、この町の中をルアが見つかるまで探すのは非効率すぎる。
そう思って暮れる空を眺めていると、静寂の中に足音が聞こえた。
その方を向くと、ルアが路地を曲がっていくのが見えた。
「追うぞ」
「は、はい……!」