「なあ、ディフェランスの秘宝って何なんだ?」

 元気の無さそうな感じで戻ってきたルアにそう声を掛けた。その途端、彼女は不機嫌そうに顔を歪めた。
 横のイーファは、俺が彼女に直に訊いたことを驚いている様子だったが、訊かないで変な態度を取り続けられるのも嫌だった。

 ルアは俺の隣に座って、しばらく俯いたまま何も喋らなかった。
 ややあって、彼女は大きなため息を付く。

「まあ、キリルさんとイーファさん以外にエクリの言葉は分からなさそうですし。話しますか。私の家名がディフェランスであるのは知っていますね」
「あ、ああ、ルア・ディフェランスだろ?」
「そうです。ディフェランス家は実は貴族家の一つでして、古来からその家宝である秘宝を守る役目を果たしてきました」
「それがディフェランスの秘宝ってわけか」

 ルアはこくりと頷く。

「ディフェランス家の人間は、魔法の腕を期待されます。しかし、私は神託の儀で平凡な治癒師(ヒーラー)だったことが分かったんです」
「あっ……」

 イーファが何かを察したような声を漏らす。
 エクリチュールの子供は15歳になると、「神託の儀」と呼ばれる儀式を受ける。そこで自分のクラス適正を知らされて、ほとんどの人間はその神託に従って戦士(アタッカー)治癒師(ヒーラー)錬金術師(アルケミスト)などなどの専門的な鍛錬を積む。
 ルアはまた大きなため息をついて、先を続けた。

「家は次女でもあり、クラス適正も普通の私に期待しませんでした。あからさまに酷い目にあったわけじゃないですけど、家族や親戚の見る目は明らかに兄に向けられるものと違ったんです」

 テーブルの上に置かれた手が握りしめられる。
 兄――その言葉を聞いた瞬間、馬車で聞いた彼女の寂しそうな寝言を思い出した。そこから察せることは余りあるほどだった。

「だからこそ、私は宮廷魔導師さえ解決できなかった翻訳魔法の復活を成し遂げたい。そのために家出したんです。自分を認めさせて、家の人間を見返してやりたい一心で」
「そうだったのか……」

 ふと出た言葉はそんな呟きだった。
 いつもは元気な彼女がこんな裏面を持っていたなんて、思いもよらなかった。イーファもなんと答えればいいのか、困ってバツが悪そうに俯いている。
 ルアは依然不機嫌そうな顔をしていた。

「こんなところに秘宝があるなんて、おかしいんですよ。秘宝はちゃんと家の奥底に保管されているはずなんです」
「その秘宝ってのは、なんでそんなに厳重に守られているんだ?」
「秘宝というのは、アーティファクトの一種なんです」

 ルアはすらすらと暗記した内容を答えるように話し始める。
 アーティファクト、というのは魔法の発動を補助したり、特定の魔法を引き起こすように設計された魔道具のことだ。本来は魔術のセンスの無い人間が簡単に魔法を発動するために使われることが多い。
 イーファはその点に疑問を抱いたのか、首を傾げる。

「でも、ディフェランス家の方々は魔術師の家系なんですよね?」
「ええ、このアーティファクトは並大抵の魔術師では出来ないことを引き起こすとされているんです。それこそ、死んだ人間を生き返らせたり、大虐殺を起こしたり――そういった類のことです」
「禁術じゃないですか……」
「禁術?」

 イーファは目を伏せながら、俺の疑問に答える。

「禁止術式の略です。魔術師の間では幾つかの魔法は名指しで禁じられていて、行使しようとすれば宮廷魔導師や騎士団総出で止めに行くよう定められているんです。特に大規模に人命に関わるようなものは……」
「ええ、イーファさんの言うとおり禁術です。だからこそ、ディフェランス家はこの秘宝がとんでもない人間に渡る前に家に封じ込めてしまおうと考えたんです」
「なるほどな」

 それで先のルアの言葉とこの奇妙な状況に合点が行った。ヤバいアーティファクトがこの町に出回っている可能性がある。そして、その噂を聞いた冒険者達が集まってきている。そのアーティファクトとルアの家には強い関係があって、この町にアーティファクトがあることはおかしい。何らかの異常事態が起こっているということになる。
 その真相を放置して、彼女が旅に集中できるとは思えなかった。

「よし、秘宝について調べるぞ」
「良いんですか? こんな個人的なことに巻き込んでしまって……?」

 心配そうな表情のルアは上目遣いでこちらを見上げてくる。彼女の手元にある料理は既に冷めてしまっていた。

「何を今更、お前らしくないぞ」
「わ、わたしもお手伝いできることがあれば協力します……」

 首を伸ばして、イーファがそう言った。
 ルアは二人の顔を交互に見てから、少し悩むような表情をして、何かに納得したように頷いた。

「まずは秘宝の情報がどこから漏れたのか、からですね」
「ディフェランス家は存在を秘密にしていたのか?」
「まあ、古文書とかで調べればすぐに分かることですから、隠しても無駄なことではあるんですけど、あまり表沙汰にはしないものですから知っている人間のほうが少ないはずです。ましてや、言葉の通じない今、ブレイズの人間が知っているのはおかしいんですよ」
「なるほどな、適当な冒険者でも捕まえて訊いてみるか」

 パンの切れ端を口に突っ込んでから、背後を見やる。
 屈強そうな冒険者達の一団の中に、見るからに初心者らしいパーティーが見えた。
 装備は安っぽく、リーダー格だろう剣を佩いた青年、腰に複数のポーションを掛けた補助術士(バッファー)らしき狐耳の女、壁役(タンク)らしき小太りの男という様相だ。剣士らしきリーダーを除けば、パーティーメンバーは皆、周りの冒険者のゴツさに不景気そうな顔をしている。
 風のうわさを訊くには、最適の奴らだと思った。共に席を立とうとするルアとイーファをハンドサインで留めて、俺一人で彼らに近づく。

『よう、お前達冒険者か?』
『そうだが……オッサン、エクリ人なのにブレイズの言葉が話せるのか?』

 オッサンじゃねえよ、まだ若いわ!――という叫びを心に秘めつつ、俺は咳払いを一つして話を続ける。

『お前らもディフェランスの秘宝を求めてきたのか?』

 剣士の青年と小太りの男、狐耳の女はお互いを見合わせた。いきなりこんなことを訊いてくるこの異国の男は何なんだと言わんばかりの様子だ。
 もう少し押しが必要かもしれない。

『どこでその話を聞いたんだ?』
『どこでって……そこら中のギルドで噂になってるゾ。大図書館でディフェランスの秘宝を巡った大武道会が開かれるって話ダゾ』

 口を開いた小太りの男を剣士の青年が睨みつけて黙らせた。怪訝そうな視線を俺に向けつつ、剣士は口を開いた。

『オッサン、そんなこと訊いてどうするつもりなんだよ?』
『ディフェランスの秘宝がどんなものか、知っているか?』

 質問に質問で返す。あまり行儀の良いやり方ではないが、こちら側の情報を与えずに出来るだけ多くの相手の情報を引き出すのが賢いやり方だ。
 自分の質問に答えられず剣士はしばらくむっとしていたが、その向かいに座っていた狐耳が今度は口を割った。

『どんなものかって、人の願いを叶えてくれる素敵な魔道具じゃないのかい?』
『はあ、そんな道具なのか』

 大量殺人兵器にもなりかねない魔道具になんとも綺麗な用途を貼り付けたものだと思った。
 今度は剣士は呆れた様子になるだけで、糾弾することはなかった。女には甘いらしい。席を座り直して、気を取り直したような表情になった彼は俺に再び疑問の表情を向ける。

『そんなことも知らずにエクリからこの町に来たのかよ? 怪しいな』
『そんなことはない。俺は本商人だからな』

 適当な嘘をついてごまかす。本商人というものはどこでも胡散な者だと言われている。貴族でも平民でもないのに本を読みながら、それを売る。下手な知識だけが思考の脇に寄り付いて、他人からしてみれば言うこと為すこと全てが得体の知れないもののように思えてくる。
 剣士はそれを聞いて納得したような顔になった。

『ところで、その大武道会ってのはいつ行われるんだ?』
『今日の昼頃だ。俺達もそろそろ行かないと』

 剣士は席から立ち上がって、食堂の出口へと早足で向かった。

『ああ、待ってゾ!』
『頑張ってねー、おじさーん』

 焦った様子で小太りの男がそれを追いかける。狐耳の女も腰に手を当て、何か可愛げなものを見るような感じで後をついていった。