フレンこそ、とグレイスは心の中で思う。優しいけれど、ちょっと……いや、だいぶ過保護なのだ。幼い頃から一緒にいて、『半ば育てて』くれたのだから、当たり前かもしれないけれど。
 グレイスの家は、一応貴族に当たる。けれど高貴で裕福かといったらそれほどでもない。
 貴族の中でも一番下の男爵という爵位であるし、小さな領しか持っていない。いわば弱小貴族なのであった。それでも貧しくはないし、領も大概は平和だった。
 よって、グレイスの周りは落ちついていたと言える。
 ただ、母はとっくに亡かった。病弱で、グレイスが物事つかないうちに病にかかって、あっさり亡くなってしまったのだという。
 けれどいかんせん、物心つくかつかないかというほど前の出来事であるので、少しの寂しさはあるものの、グレイスにとっては母がいないことに対して違和感はなかった。
 それに。こうして『半ば育てて』くれたフレンがいるのだから。寂しいことなどちっともなかったのだ。フレンは従者であり、兄でもあり、そして母のようでもあったといえる。
 ただしグレイスにとって、そうだけとも思えないのだった。きょうだいもいないグレイスには、なにしろ一番身近な異性である。恋愛感情に似たようなものは昔からほんのりあると感じていたし、社交界に出られるような歳にもなろうとしている今では、これはおそらく恋なのであろうと確信しつつあった。
 けれどなにしろフレンは従者。
 自分は弱小貴族とはいえ、身分ある身。
 結ばれるかといったら大いに謎であった。
 謎ではあったけれど、身辺があまりに平和すぎて、グレイスは楽観していたといえる。
 このまま、穏やかな日々がずっと続いていくのだろうと。貴族のお嬢様として、お勉強やお作法を習って。フレンはずっと自分に仕えていてくれて。そんな日々が、ずっと。
 しかしグレイスのそんな呑気な考えは、その数日後に吹っ飛ぶことになったのである。