胸に手を当て、軽く頭を下げる。
 名前は当たり前のようにフレンであった。
 けれど姓が違う。先程何度もあがった、ラッシュハルト、という姓。
 でもそのあとに続けられた、グレイスの呼び方。なにも変わっていなかった。
 グレイスはなにも答えられなかったけれど。
 ラッシュハルト、と名乗った。
 ということは、フレンはラッシュハルト家の人間になってしまったのだろうか。
 その意味するところもこれだけではわからない。
 目を丸くするばかりのグレイスに、フレンはやはり照れたような表情を浮かべ、ちょっとだけ首を傾げた。
「……こういうものは慣れませんね。このような服を着るなんて、もう二十年近く前になるでしょうか」
 二十年前。おそらくそれは、フレンがラッシュハルト家から出されたときのこと。
 自分と出逢う前のフレン。このような姿だったのだ。
「あとはフレンから話してもらうのがいいでしょう。私はお部屋に戻っているわ。お話が終わったら来てちょうだい」
 レイアは腰掛けていたソファから立ち上がる。扉へ向かおうとした。
 お部屋、とはレイアがこの屋敷に住んでいた頃の部屋であろう。レイアが出ていったのはかなり前とはいえ、手入れは怠られていないし、家具もきちんと残っている。
「おばあさま」
 グレイスは慌てて自分もソファを立った。レイアの元へ向かう。
 レイアの元へ、だけではない。この部屋に入ってすぐのように、しっかり抱きついた。
「ありがとうございます。今の私がこうして在れるのは、おばあさまのおかげでしたのね」
 レイアはちょっと驚いたようであったけれど、すぐにふっと笑みを浮かべてくれる。
「かわいい孫のためだもの。なんということはないわ」
 抱きついてくるグレイスをそっと撫でてくれた。そして扉に手をかけ、出ていく。
「貴女の幸せを願っているわ」
 ぱたりと扉が閉じて、小さな足音が遠ざかっていく。それを少しだけ聞いていて、グレイスは振り返った。