放課後。

 フィーに先に帰るように言った後、私は屋上へ。
 待ち合わせ場所として、ネコが屋上を指定してきたのだ。

「ネコは……まだ来ていないみたいね」

 学院の屋上は広い。
 その空間を活かして、小さな公園が作られている。
 池とベンチもあり、憩いの場として学生に利用されている。

 ただ、今は誰もいない。
 普段は、放課後でも人が多いのだけど……?

「なにかしら?」

 屋上に繋がる扉を潜る時、妙な感覚を覚えた。

 一瞬、平衡感覚が曖昧になるというか……
 水の中を潜ったというか……
 そんな不思議な感覚。

「アリーシャ」

 振り返ると、ネコがいた。

 いったい、いつからそこにいたのか?
 さっき見た時は、誰もいなかったように思えたのだけど……

 まあいいか。
 細かいことは気にせず、友達を笑顔で迎える。

「待っていましたよ、ネコ」
「……ありがと、来てくれて」

 やはりというか、ネコの表情は暗い。
 あいにくの曇り模様だ。

 朝から様子がおかしく……
 昼を一緒した時も、半分くらい残していて……

 いったい、どうしたのだろう?
 心配だ。

 この後の大事な話で、悩み事を打ち明けてくれるのだろうか?

 打ち明けてくれたとして……
 力になれることはあるだろうか?
 無理難題だったりしないだろうか?

 彼女の力になれないことがあったとしたら、それが怖い。

「それで、ネコ。大事な話というのは?」
「うん。そのことなんだけど……」

 ネコは一歩、前に出た。

 そして……
 どこからともなく短剣を取り出して、その刃を私に向ける。

「死んでくれないかな?」
「え?」

 突然の展開についていけず、思考が停止してしまう。

 その間にネコは一気に距離を詰めてきた。
 速い。
 私は反応することができず、喉元に短剣を突きつけられてしまう。

「ネコ、あなたは……」
「ごめんね。これが私の正体なんだ」
「もしかして……暗殺者?」
「正解」

 ネコは冷たく笑う。

 なんてことだ。
 まさか、彼女が暗殺者だったなんて。
 そんな衝撃的な事実……

 いや、待てよ?
 そういえば、そんな設定があったような気がする。

 主人公の親友は、一見すると優しい少女。
 しかし、二つの秘密がある。
 一つは隠しルートで判明するらしく、それをプレイしていない私はわからない。

 ただもう一つはわかる。
 彼女は暗殺者だ。

 悪役令嬢から依頼をされて、主人公を殺そうとする親友。
 でも、主人公の優しさに救われて裏稼業から手を洗い、本当の親友となる。

 ……そんなイベントがあったことを思い出した。
 そういうイベントを無視して、何度もバッドエンドを迎えていたため、思い出すのが遅れてしまった。

 でも、一つ謎がある。

「ネコは……どうして、私を?」

 ゲームでは、ネコに依頼をしたのは悪役令嬢。
 つまり、私だ。

 でも、私はそんなことはしていない。
 自分で自分を狙うとか滑稽な話だ。

 いったい、誰が私を狙っているのだろう?

「教えると思う?」
「冥土の土産に、というのがお決まりのパターンではありませんか?」
「……意外と余裕あるね」
「なんででしょうね。自分でも不思議です」
「実感が湧いていないのかな? もしかして、夢だとか思っている?」
「いいえ、そのようなことはありませんよ。ただ……」
「ただ?」
「ネコは私を殺さない、そう思っているので」
「……」

 人を殺せないだろう?
 そう言われたと感じたらしく、ネコが険しい顔に。

 でも、そんな意味で言ったつもりはない。

「ネコは優しい子ですからね。人を殺すことなんてできませんし、ましてや、虫を殺すのもためらってしまうほどです」
「そんなことはない」
「なら、どうして私をすぐに殺さないんですか? 話をする意味はないと思いますが? その短剣を少し、前に突き出すだけですよ」
「そ、それは……」

 この展開は予想外だけど……
 でも、私は落ち着いていた。

 ゲームの知識があるからじゃない。
 それ以上に、ネコ・ニルヴァレンという友達を信じているのだ。

「さあ、殺さないのですか?」