来世にご期待下さい!〜前世の許嫁が今世では私に冷たい…と思っていたのに、実は溺愛されていました!?〜

(ペットショップで買いたい物……?)


 何だろうかと考えたタイミングで、恋幸は以前彼がペットの存在を(そそのか)す発言をしていたのを思い出す。
 機会があれば話を聞かせてくれるとも言っていたが、結局種類も名前も性別も知れていないままだった。

 気になる、知りたい、でも無理やり聞き出すようなことじゃない。
 彼女の目の前でキンクマハムスターが一生懸命駆けている回し車のように頭の中がぐるぐる回転し始めた時、裕一郎が背後から声をかける。


「お待たせしました」
「あっ、倉本様……! 買いたい物、見つかりましたか?」
「ええ」
 ちらり。彼の手元に目線をやった瞬間、恋幸の視界に映ったのは『チモシーのきわみ』と『小動物用乾燥フルーツ』、おまけに水飲み器と『ウサギちゃんサイズ』の文字。
 まさに、恋幸を興奮させるためにうってつけなレパートリーだった。


「ああ、あのっ……もももしかして、ウサギ……うさちゃんが、ご家族にいるんですか……?」
「そういえば、話していませんでしたね。ネザーランドドワーフが1羽、家にいます」
「ねっ、ネザーランド……!?」


 恋幸は全ての動物が好きだが、中でもウサギは「好きな動物ランキング」殿堂入りを果たしており、大好きすぎるがあまりTbutter上で他人が載せたウサギの写真・動画にも愛を捧げているレベルである。
 そして、ネザーランドドワーフ・ミニレッキス・ホーランドロップが特にラブな恋幸にとって、裕一郎の話は馬の鼻先に人参をぶら下げる行為に近かった。


「いいですね……ああ、いいなぁ……うさちゃん……写真とか見せてもらうことはできますか……?」
「写真を見せるのは勿論、構いませんが……小日向さんさえ良ければ、私の家に見に来ますか?」
(……はぇ……?)


 突然の大胆な誘いに、心臓が口から飛び出そうになる恋幸。
 1日悩みに悩んでから返答するべきだと理性では理解できていたものの、


「い、き……ます……行かせてください……」


 本能に(あらが)うことなど、彼女にできるわけがなかった。
「それでね……!」
『うんうん』


 パジャマ姿でパソコンの画面越しに相槌を打っているのは、いわゆる『ネット友達』と呼ばれる人物である。
 ハンドルネームは“千”。隣の県に住む28歳の女性で、恋幸とはもう5年の付き合いになり、3ヶ月に1回オフ会を開くほど深い仲だ。

 千とは恋幸がプロデビューをする5年前にTbutterで出会い、以来ずっと一番そばで作家の夢を応援してくれていた大親友。
 世間的には“一般人”に部類されるが、恋幸が『日向ぼっこ』名義のアカウントで唯一フォローしている商業以外のアカウントが千のものだ。
 パソコンを利用しての通話といえば音声のみで行うのが一般的だが、千と恋幸はすでにお互いの顔を知っているため、(恋幸の原稿作業がない時期は)こうして週に1回夜にカメラ機能を使ったテレビ電話を楽しんでいる。


『へぇ~……それで、“ひなこ”は私に黙ってちゃっかりデートを楽しんでたわけか~』
「えっ!?」


 ひなこ、とは千の付けた愛称で、単に『日向ぼっこ』を略しただけのものだ。裕一郎とのあれそれも、もちろん千にはすべて相談済みである。
 ただし、さすがに前世関係のことは言えるわけもないので、裕一郎に惚れた理由は「一目惚れ」ということにしておいた。
 画面の向こう側で頬杖をつき、千がどこか恨めしげにこぼしたセリフを聞いて恋幸はハッとする。


「あっ、えっ。そ、そっか……デート、だったんだ……?」
『何で疑問形なの……男と女、しかも片方に好意がある状態で仲良くお出かけしたなら、それはまごうことなきデートでしょ』
「そ、そう、なんだ……」
『そうでしょ……!! 仮にも恋愛小説家なんだからしっかりしな!?』


 そうは言われても、デートの3文字を大好きな裕一郎と共に体験したのだと改めて実感した途端、恋幸の頬は緩みきりニヤニヤが隠せなくなってしまった。

 そんな彼女の様子を見て、千は不愉快そうに眉をひそめる。
『……あのさ、ひなこ。大親友が惚れた人のことをあんまり悪く言いたくないんだけど、』
「……? うん、なーに? 千ちゃん」
『その人、本当に大丈夫なの?』
「え……?」


 大丈夫なのか。
 その言葉の意味がわからず、恋幸はグラスを持ち上げかけていた手を止めて思わず問い返した。


「なにが……?」
『だってその人、別にひなこと付き合ってるわけじゃないよね? 告白もされてないんでしょ?』
「う、うん。そう、だけど……」
『それなのに、二人きりで出かけたりひなこに優しくしたり……怪しいと思わない?』
 千が恋幸を案じてくれているのだという事くらいは、さすがの恋幸にも理解できている。
 しかし、裕一郎を悪く言われて軽く受け流せるほど彼女は器用な女ではなかった。


「それは……っ、私が無理に誘ったからだよ……!」
『でもね、ひなこ。下心の無い男なんていないんだよ。ひなこは可愛いんだし、さらに直球で好意を向けてきたりしたら、都合の良いように利用してやろう。せっかくだし、1回くらいヤっとくか。そういう風に考えたって、』
「違うもん!!」


 恋幸が勢いよく立ち上がると同時に、キャスター付きの椅子はガタンと音を立てて彼女から少し遠ざかり、グラスに注がれていたメロンソーダの水面がわずかに揺れる。
 千に物申す前に、恋幸はいったんグラスをパソコンから遠ざけ、右隣のデスクに移動させてから画面に向き直った。


「くらっ……あの人は!  そんな悪人じゃないもん!!」
『何を根拠に言ってるの? ひなこはその人のこと、まだ何も知らないよね?』
「知ってるもんね!!」


 裕一郎は自分と会っている間、目の前で一度もスマートフォンを触らなかったこと。
 眼鏡を押し上げる時、親指と中指を使うこと。
 時計は左腕に付けていること。
 会話する時は、必ずこちらの目をまっすぐに見てくること。
 歩き始めは右足から先に出す傾向があること。