「相変わらず字汚いよね」
「うるせぇな」

　現代文のノートのはずだけれど、康太のそれは暗号の羅列のようだ。
　康太とは長い間ずっと隣の席だった。ぶっきらぼうだけど、それなりには仲良くなった、と思う。
　康太の字は最早字ではないレベルのことがよくある。ゆっくり書けばそれなりに読めるけれど、走り書きされたそれは暗号。

　そんな彼の字を見ることももうないだろう。私達は今日、高校を卒業する。大学も違うし連絡先を交換するほどの仲でもない。黒板に書かれた『卒業おめでとう』の文字に、じわじわと実感がわく。

「卒業おめでとう」
「ん、おめでとう」

　卒業式が終わり、教室で一人一人に渡される卒業証書。教室で康太と交わした言葉は、それだけだった。

「寄せ書きしよーぜ」

　放課後のクラスの誰かの一言で、黒板にみんながそれぞれチョークを走らせる。何を書こうか少し悩んで、結局『最高の思い出をありがとう』とありきたりな言葉を書いた。友達との別れを惜しんでいるうちに、気づけば教室の人は減っていた。オレンジ色に染まる教室。

「あれ、これ書いたの誰？」

　そんな声が聞こえて、黒板に視線を移す。

「字汚いな、読めねーじゃん」
「なんて書いてあるんだろう...？」

　みんな読めないって言っているその文字。見慣れた、走り書きの文字。

“隣の席がお前でよかった”
“お前が好きだ”

　紛れもなく、康太の字だ。

　教室を見渡す。彼の姿はもうない。
　まだ、間に合うだろうか。

「梨紗！？どこ行くの！？」

　思わず足が動いた。背後から聞こえた友人の声に振り返る余裕もないくらい、心臓はバクバクとうるさい。

　私だって、康太に伝えたいことがある。

　全速力で走って、駐輪場に彼の後ろ姿を見つけた。

「康太！！！」

　彼が振り返る。目が合うまで、気持ちを伝えるまで、彼が、らしくもなく頬を紅く染めるまで、あと、何秒？



End.