テレビの向こう。決して触れることのできない場所に、彼はいる。
部屋の壁一面に貼られた薄い彼は、相変わらず私に笑みを向けてくれる。
「好きだよ」
何となく、口の端から零れた言葉。そう発したところで、彼が表情を変えてくれることも返事を返してくれるわけでもなかった。
私は所謂オタクというものであって、彼からしてみれば単なる大勢の中のファンの一人に過ぎない。そのことは私も充分に理解していた。分かっている。この笑顔は、私に向けられたものではない。
世間の言う、害悪なファンにはなりたくなかった。彼にとって煩わしい存在になりたくなかったし、私の行動のせいで彼のファンの民度を疑われたくなかった。行き過ぎた行動はしない。このグッズを買うことで、彼が美味しくご飯を食べられたらそれでいい。そう思うことにしていた。
「ねぇ聞いてよ比奈!!!」
友人である美咲が朝から大声で私の名前を呼ぶ。
「どうしたの、美咲」
何となく、想像できた。美咲はデビュー前のアイドルのファンで、美咲と話すことと言えば専ら推しのことだったから。
「ユウキくん、熱愛報道出たんだけど!!!」
これはしばらく荒れそうだ。美咲はリアコだからなぁ。どう声をかけていいのか分からないけれど、とりあえずは美咲の愚痴を聞くことになりそうだ。
そこまで思って、自分の推しのことを思い出す。彼だって、いつかは。もしかしたら、特定の誰かと。しばらくは結婚する気ないって言ってたなぁ。でも、しばらくっていつまで?何歳になったら、彼はそういうことを考え始めるんだろう。
ふと、あなたが誰のものでもない存在になれば、という思いが頭の中に浮かんだ。私のものになることは、きっとこの先ないんだろう。それならば、誰のものにもならなければ。
それがどれだけ恐ろしい思いつきか。いつの間にか、それほどまでに、私は彼を思っていたのだ。そしてその思いの中に彼の幸せは含まれていないのだと、そう気づいた瞬間に、自分がとても恐ろしい、卑劣な人間のように感じた。
「ねぇ、比奈聞いてる?」
美咲の問いかけに、「うん、聞いてるよ」と返す。気づかなければよかったなぁと、スマホの待ち受け画面の笑顔の彼を見て思った。
End.
部屋の壁一面に貼られた薄い彼は、相変わらず私に笑みを向けてくれる。
「好きだよ」
何となく、口の端から零れた言葉。そう発したところで、彼が表情を変えてくれることも返事を返してくれるわけでもなかった。
私は所謂オタクというものであって、彼からしてみれば単なる大勢の中のファンの一人に過ぎない。そのことは私も充分に理解していた。分かっている。この笑顔は、私に向けられたものではない。
世間の言う、害悪なファンにはなりたくなかった。彼にとって煩わしい存在になりたくなかったし、私の行動のせいで彼のファンの民度を疑われたくなかった。行き過ぎた行動はしない。このグッズを買うことで、彼が美味しくご飯を食べられたらそれでいい。そう思うことにしていた。
「ねぇ聞いてよ比奈!!!」
友人である美咲が朝から大声で私の名前を呼ぶ。
「どうしたの、美咲」
何となく、想像できた。美咲はデビュー前のアイドルのファンで、美咲と話すことと言えば専ら推しのことだったから。
「ユウキくん、熱愛報道出たんだけど!!!」
これはしばらく荒れそうだ。美咲はリアコだからなぁ。どう声をかけていいのか分からないけれど、とりあえずは美咲の愚痴を聞くことになりそうだ。
そこまで思って、自分の推しのことを思い出す。彼だって、いつかは。もしかしたら、特定の誰かと。しばらくは結婚する気ないって言ってたなぁ。でも、しばらくっていつまで?何歳になったら、彼はそういうことを考え始めるんだろう。
ふと、あなたが誰のものでもない存在になれば、という思いが頭の中に浮かんだ。私のものになることは、きっとこの先ないんだろう。それならば、誰のものにもならなければ。
それがどれだけ恐ろしい思いつきか。いつの間にか、それほどまでに、私は彼を思っていたのだ。そしてその思いの中に彼の幸せは含まれていないのだと、そう気づいた瞬間に、自分がとても恐ろしい、卑劣な人間のように感じた。
「ねぇ、比奈聞いてる?」
美咲の問いかけに、「うん、聞いてるよ」と返す。気づかなければよかったなぁと、スマホの待ち受け画面の笑顔の彼を見て思った。
End.