電話は苦手だ。相手の表情が分からないから、相槌を打つタイミングも分からないし、沈黙すると気まずい。でも、やっぱり一番の理由は。

「ね、知ってた?柚」
「何?」
「電話越しの声ってさ、本当のその人の声じゃないらしいよ」

 電話越しの彼がそう言う。つまりは、そう言った彼の声も彼の声ではないということだ。

「じゃあ、私の声がそのまま駆に届いてるわけじゃないんだね」
「そういうこと。面白いよな」

 知った豆知識をすぐに披露してくるのはいつも通り。口調もそのまま。だけど、声だけは彼の声ではない。それが不思議で、なんだか変な感じ。

「ねぇ、駆」
「ん?どした」
「明日、会える?」

 私のその言葉に、ふっと笑い声が返ってきた。

「うん。会えるよ」
「何時がいい?」
「うーん、じゃあ、12時。昼食べに行こ」
「うん。楽しみにしてる」
「じゃあ、そろそろ眠くなってきたし、切ろうかな」

 欠伸交じりの声が聞こえて、笑って「うん」と返す。

「なぁ、柚」
「待って」

 彼の言葉を遮る。

「…明日、直接言って」

 そう言うと、彼はまるで子ども相手に甘やかすような声で、「じゃあ明日、開口一番に言うわ」と言った。

 いつも通話の最後に伝えてくれるその5文字を遮ったのは、彼から豆知識を披露されたから。

 直接彼の声で、彼の体温を感じながら言ってもらった方が、幸せに決まってるじゃん。



End.