それからの日々は、消化試合のようなものだった。苦手な部屋の掃除をし、活動で関わってきた人々に挨拶をする。そして、書き溜めた楽譜を積み重ね、一言、残しておく。

『俺の曲は全部ひよにあげる』

 それ以上の言葉は、必要ないと思った。必要最低限の言葉を残し、この世界からも彼女の人生からもひっそりと消えることができればそれでいいと思った。

 空っぽになった部屋で、床に寝転がる。窓の外は晴天だ。

 今日だと思った。

 今日こそが、その日だ。

 思い立てば、体はすんなりと動く。体を起こし、着の身着のまま玄関を出る。荷物は何もいらない。あの世に持っていけるものなど何もないのだ。いや、まずあの世すらあるかも分からないが。何も持たずに歩くその身軽さは心地よかった。冷たい風も、体の隙間を通り抜けていく。まるでもう、この世にいないようだった。