俺は弟から全てを奪い、そして押し付けて逃げたのだ。弟を励ませるような立場ではなかった。

「もう、いいでしょ」

 弟は窓を開ける。

「待って、凛、ねぇ、凛」

 言葉は、零れ落ちるだけで弟には届かない。もう、何を言っても届かないことを、どこかで分かっていた。

「お願い、兄貴、止めないで」

「もう、俺から何も、奪わないで。俺に何も、押し付けないで」

 弟に残された、唯一楽になる、この現実から逃げる方法。
 俺の自分本位な生きていてほしいという考え。
 弟に何かを指図するような、俺にはそんな資格はなかった。

「兄貴の歌、好きだったよ」

 その一言だけ言い残し、弟は足を掛ける。そして、弟の体が、宙へ。

「凛、待って、凛っ!」

 動けなかった足が、手が、弾かれるように動いた。弟の名を叫び、手を伸ばす。その手は、空を切った。目線の先には、もう弟の姿はなくて。

 喪失感。それだけに包まれ、へなへなと座り込むしかなかった。体に力が入らなかった。焦点が定まらない。もう何もかも手遅れで、何もかも、もうどうしようもなかった。