「俺がどれだけ惨めな思いしてきたか、何も知らねぇんだろ」

 弟の言葉を、理解しきれなかった。俺のせいで弟は、惨めな思いをしている。それがなぜなのか、分からずにいた。

「兄貴はさ、才能があるから。だから、こんな思いしたことないんだろうな。俺はずっと、誰にも見てもらえなかったんだ」

 恨みを込めたその瞳は、俺に真っ直ぐに向いていた。これほどの憎しみを向けられたことは、人生で初めてだった。

「周りはみんな、千明暁の弟として俺を見てたし、出来の悪い方だって言われ続けてきた。母さんも、俺の方になんか見向きもしないで。誰も彼も兄貴のことばっかで」

 弟の思いを、その時初めて聞いた。俺の記憶は昔の弟で止まっていた。俺は全てを譲ってつもりでいた。アイスもおもちゃも、なんだって。でも、俺は弟が一番欲しかったものを奪っていたのだ。

「もう、諦めてたんだよ。それでいいって、仕方ないって、思ってた。でも、兄貴が活動辞めてさ、そしたら、散々俺には無関心だった母さんが、突然俺に期待するようになって」

 それからの話は、俺がこの家を出てからのことだった。