「行けそう?」
しばらくして彼が声をかけてきた。
「多分、行けると思います」
私の返事に彼は満足そうに口角を上げた。
「よし、じゃあ始めようか」
渡されたヘッドフォンを首にかける。
「適当でいいから」
彼はそう言って私と目を合わせる。私は彼の意図が読み取れなかったが、緊張しなくていいという意味だろうと解釈して曖昧に頷いた。
「じゃあ、流すね」
そう言って彼は曲を流すと、公園にいた時とは異なり私の方を見向きもせず、積み重ねられた楽譜を眺めていた。
私は流れてきた曲に合わせて歌う。音程に忠実に。もちろんアレンジ等も入れない。音域は私に合っていて、歌いにくい部分もない。
歌い終わって彼の方を見ると、彼はワンテンポ遅れて私の方を見た。ちゃんと聴いていたのか、と少々つっこみたくもなったが、キャラでもないので黙っておく。
「お疲れ様」
一言そういう彼に、どうすればよいのか分からず軽く頭を下げる。
「じゃあ、以上だから」
「え」
彼はそう言って部屋の扉を開ける。こういうのって、何度も取り直したりするイメージがあったのだが、そういうものではないのだろうか。
「これ、約束の」
彼が差し出す封筒を受け取る。恐る恐る中身を確認すると、彼が言っていた通りの額が入っていた。
「今日はありがとう、もしまた気が向けば」
そう言うと彼は、足元に寄ってきた黒猫と戯れ始める。
…帰ってよい、ということなのだろうか。
「失礼します」
私はお辞儀をして、彼に背を向ける。彼は特に何か言葉を返すこともなく、私はマンションを後にした。
よく分からない人だ。私が歌っているのをあまりよく聴いていないようだったけれど、それでいいのだろうか。疑問を持ったまま、家へと歩みを進めた。いつもは流行っている歌の知っている部分を何となく口ずさむ帰り道。その日は気づけば彼の歌を口ずさんでいた。何となく、印象に残る歌詞とメロディだった。
しばらくして彼が声をかけてきた。
「多分、行けると思います」
私の返事に彼は満足そうに口角を上げた。
「よし、じゃあ始めようか」
渡されたヘッドフォンを首にかける。
「適当でいいから」
彼はそう言って私と目を合わせる。私は彼の意図が読み取れなかったが、緊張しなくていいという意味だろうと解釈して曖昧に頷いた。
「じゃあ、流すね」
そう言って彼は曲を流すと、公園にいた時とは異なり私の方を見向きもせず、積み重ねられた楽譜を眺めていた。
私は流れてきた曲に合わせて歌う。音程に忠実に。もちろんアレンジ等も入れない。音域は私に合っていて、歌いにくい部分もない。
歌い終わって彼の方を見ると、彼はワンテンポ遅れて私の方を見た。ちゃんと聴いていたのか、と少々つっこみたくもなったが、キャラでもないので黙っておく。
「お疲れ様」
一言そういう彼に、どうすればよいのか分からず軽く頭を下げる。
「じゃあ、以上だから」
「え」
彼はそう言って部屋の扉を開ける。こういうのって、何度も取り直したりするイメージがあったのだが、そういうものではないのだろうか。
「これ、約束の」
彼が差し出す封筒を受け取る。恐る恐る中身を確認すると、彼が言っていた通りの額が入っていた。
「今日はありがとう、もしまた気が向けば」
そう言うと彼は、足元に寄ってきた黒猫と戯れ始める。
…帰ってよい、ということなのだろうか。
「失礼します」
私はお辞儀をして、彼に背を向ける。彼は特に何か言葉を返すこともなく、私はマンションを後にした。
よく分からない人だ。私が歌っているのをあまりよく聴いていないようだったけれど、それでいいのだろうか。疑問を持ったまま、家へと歩みを進めた。いつもは流行っている歌の知っている部分を何となく口ずさむ帰り道。その日は気づけば彼の歌を口ずさんでいた。何となく、印象に残る歌詞とメロディだった。