訳も分からず、歌を披露する。それが、初めて家族以外に自分の歌を聴かせた瞬間。そして、それが俺の作詞作曲家としての人生の始まりだった。
 要は、母は金に目が眩んだのだ。息子の才能を、どうにかしてお金に換えられないか。そう考えたのだろう。悪いことではない。仕方がなかった。貧しかったのだ。何かに縋りたかった母の気持ちは、理解していた。

 それから俺は求められるままに曲を作り、それが世間に評価されるのにそれほど時間はかからなかった。12歳の神童だなんだともてはやされ、次々に依頼が舞い込んでくる。何台ものカメラやマイクに囲まれ、貼り付けられたような笑顔の大人に言葉を求められ、表情を指示され。子どもながらにおかしいと、異常だと、そう思った。

 それでもそれを拒絶しなかったのは、母の存在があったからだ。母が、喜んでくれたからだ。曲を作れば、母は笑顔を向けてくれた。それが、以前と異なっていたとしても。それでも母は、母だ。たった一人の。
 しかし、母から向けられる視線が変わっていくのが、嫌というほど感じられた。暁、暁、と、猫撫で声で呼ぶその声は、息子に向けるものではなかった。

「暁、今日はね、暁の好きなハンバーグにしたの」
「ほら凛、暁に集中させてあげて」
「ここ、暁が好きに使っていいからね」

 俺の好きなメニュー、俺のための部屋、俺のための、俺のための、俺のための。媚びる様な態度。まるで、神に捧げる様に差し出される、望んでもいない様々なもの。この人は、母親ではなくなってしまったのだ。少なくとも俺には、そう感じられた。そう思った途端に、とてつもない喪失感と、孤独感に苛まれた。誰も、俺自身が見えていないのだと。