「暁、凛、アイス買ってきたよ」
「やった!俺バニラがいい!」
「暁、凛バニラがいいって。暁は別の味でもいい?」
「うん。いいよ」

 母はいつも箱のアイスを買ってきていた。箱の中に、カップのアイスが4つ。バニラ、ストロベリー、チョコレート、抹茶。弟の凛はバニラが好きで、俺もバニラが一番好きだった。けれど、弟がいる手前、兄として譲るべきだと思っていた。だから、幼少期にバニラ味のアイスを食べた記憶はほとんどない。本当はバニラが好きだなんて言えば、きっと母は申し訳なさそうに謝ってきて、それからバニラ味のアイスを二つ買ってくるだろう。母にわざわざそんな顔をさせる必要はないと思っていたから、母に伝えたことはなかった。

 それに、俺は特にそれを気にしていなかった。別にそれでいいと思っていた。俺にとっても凛は可愛い弟だったから、甘やかしていた記憶がある。あの毎日は、幸せだったと思う。マンションの小さな部屋に身を寄せ合って暮らす、どこにでもある普通の幸せな家庭。そんな日々が崩れるきっかけは、両親が不仲になったことだった。
 毎日のように繰り広げられる夫婦喧嘩。怯える弟を抱き締めて、毛布にくるまる。弟の泣き声に泣きたくなったりもした。けれど、やはり兄だからという思いが、ストッパーになった。「大丈夫、大丈夫」と繰り返し、抱き締める腕の力を強める。そうしているうちにいつの間にか腕の中から寝息が聞こえる。そんな日々がしばらく続き、両親は離婚した。