これほど全力で走ったのも、本当に久しぶりだった。中学生の頃のリレーの時以来だろうか。それ以降の体育で、本気で取り組んだ覚えもない。いや、体育だけじゃない。本当は、ずっと今までだって、何かに本気で取り組んだことなどなかった。そんな生き方で失ったものは特にない。ただし、得たものだって何もなかった。
 もしかしたら今、私は失いかけているんじゃないかと思った。彼という、私にとって特別な存在を。そう思うと、恐怖心と焦りでいっぱいになって、足がもつれそうになるほど動いた。呼吸はおかしくなりそうで、それでも足を止めてはいけなかった。

 ようやく彼の部屋の前に辿り着き、息を整える。久しぶりに鍵を差し込んで、捻ると、ガチャリと音がした。開口一番、何て言おうか。そんなことを考えながら、廊下を歩き、リビングに着く。そこで、私は思わず「え」と声を上げてしまった。

 散らかっているはずの彼の部屋。それが異常なまでに片付いている。いや、それどころか物がなくなっている。生活感のない、がらんとした空間。主のいないこの場所は、世界から切り取られたかのように静かで。

「アキ、アキ」

 部屋がこんな状態なのだ。いるはずがない。それは分かっていた。それでも、名前を呼んで、探すしか、頭の中にはなかった。そうだ、彼の部屋にいるかもしれない。そう思って、彼の部屋の扉を開けた。