「どうして、そんなに私のことを」

　思ったことをそのまま口にした。彼が私のことをそこまで頼むなんて、おかしい。だって、そんなの、まるで。

「え、だって、千明くん、引退しちゃうんでしょう？」

　河本さんの言葉に、「え」と声を発して、それ以上何も言えなかった。

「自分がいなくなってもひよさんがきちんとこの世界でやっていけるように、彼は付き合いを本当に大切にしていたよ」

　彼にそう言われ、頭が真っ白になる。

「……ひよさん？大丈夫ですか？」

　河本さんの問いに、「はい」とどうにか声を絞りだした。

　やめるなんて聞いていない。そんなこと、一言だって言ってくれなかった。少し前から彼が帰ってくるのが遅かったのは、そのため？私がこの先も上手くやっていくために、人脈を作っていたの？私の負担は最小限に、彼は夜遅くまで、そのために？

「ひよさんとはこれからも付き合いを続けて行けたらと思っているんだ。だから、今後のことについても直接話せたらと思っていて…」

　河本さんの言葉が、通り抜けていく。アキのことを、最早過去の存在として受け入れようとしている彼と私の世界が、少しずつずれていく。彼の言葉が理解できない。

「あの、すみません、私」

　河本さんは今後のことについて話していたのかもしれない。それを遮ってしまったのかもしれない。それは、きっと失礼に当たる。でも、それもどうだってよかった。

「失礼します、ごめんなさい」

　1000円札を置いて、河本さんの言葉も聞かずに走り出す。焦っていた。ただ、彼に会わなければという思いだけがあった。