その日を境に、彼の様子は少しずつ変わっていった。お酒を飲んで帰ってくることが多くなっていったし、代わる代わる様々な甘い香水の香りを纏って帰ってくるようになった。

 私の中で驚きだったのは、彼が甘い香りを纏っていても、自分がショックを受けていないことだった。彼のことは確かに好きだった。しかし、彼の彼女と言う立場を選ばないことを選んだ。そして現に、彼の隣の席を埋める、誰かが複数存在しているのだろう。そのことに対して、私は特に何かを思うことはなかった。ましてや、彼の彼女になっておけば、なんて、そんな思いも少しもわかなかった。

 けれど、彼との距離が明らかに遠くなったことに対しては、私は傷ついていたし、どこか焦っていた。彼は仕事以外のことは進んで離さなくなったし、私も彼が望まないのならと聞くこともなくなった。物理的な距離も離れ、彼が私を隣に呼ぶこともなくなった。以前から掴みどころがなく分かりにくい彼だったけれど、彼の言葉がそっけなくなったことは、明確に感じていた。

「ひよ、これ。いつも通り適当に」
「うん」
「俺、今日帰ってこないから、放課後寄らなくていいよ」
「……うん」

 いつもの彼の口癖と、放課後の指示。それだけの会話を長引かせるスキルなんてなかったし、そうするべきでないとも思っていた。彼との距離がそれでより遠くなってしまったらと考えると、下手に動くことなんてできなかった。