とりあえず、彼が嫌だと言ってもリビングまでは連れて行かなければならない。玄関でほっらかしておくわけにもいかないのだ。

「ほら、ちゃんと立ってよ」
「んんー……」

 ぐらぐらと不安定な彼の体を支えるのは一苦労で、それに加えて彼は自分の意思で歩こうとしない。酔うとこうなってしまうとは。

「わ、ちょっと、自分で歩いてって」
「や、だ。無理」
「無理じゃないの、って、うわっ」

 結局、私一人で彼を支えていけるはずもなく、廊下で二人転んでしまう。

「いった……ほら、アキがちゃんと歩かないから……」

 彼を少し咎めようと思った、のだけれど。彼は、じっと、私の目を見つめていて、それ以上は、上手く声が出なかった。とろんと、蕩けてしまいそうな瞳。しかし、その瞳の奥は真っ直ぐで、やっぱり私は彼に見つめられるのに弱かった。

「ねぇ、ひよ」

 優しい声色。甘やかすような、そんな声。 

「ひよは、俺の、こと」

 徐々にその声は、小さくなっていく。僅かに照らされた彼の表情は、母親に縋りつく子どものようだった。どこか不安げに揺れる瞳に、吸い込まれそうになる。

 なんで、そんな顔するの。
 そう思ったけれど、口にはしなかった。しかし、彼にはそれが伝わったようだった。困っている私の顔を見て、彼はくすりと笑う。