スーパーマーケットで夕食の材料を買い、彼の家に戻る。彼はまだ帰ってきていなかった。オレンジ色に染まる部屋で、夕食の準備を始める。
 
 「ただいまー」と彼が帰ってきたのは、陽が暮れた頃だった。少し疲れた様子の彼は、「いい匂いする」と一言呟いて近づいてきた。

「うまそう、一口ちょうだい」
「えぇ、仕方ないな」

 盛り付けようとしているところで彼にそう言われ、私はパスタを一口分彼の口元に差し出す。彼はそれを食べると「うまい」と一言言ってへにゃりと表情を崩した。いつにも増して今日の彼は緩い。オノマトペで表すならばふにゃふにゃ。外できちんとしているのだから疲れるのも当然だけれど、今日はいつも以上に疲れているのだろう。

「着替えておいでよ。その頃には盛りつけ終わるから」

 私がそう言うと、彼は「うん」と言い残して部屋に消えていった。
 しばらくして彼が部屋から出てくる。パスタもサラダもスープも、盛り付けて彼の席に並べ終わっていた。

「あれ」

 彼の席に着く前の呟きに、「どうしたの」と返すと、彼は不満そうな表情を私に向けていた。

「ひよの分は?」
「え、ないよ」

 私は彼一人分の夕食のみを用意していた。作り終わったら帰ろうと思っていたのだ。しかし彼はそれがお気に召さなかったらしい。

「半分あげる」
「いいよ、アキのために作ったんだからアキが食べて」
「一緒に、食べて」

 まるで子どもみたいだ。駄々をこねるように、彼はじっと私を見つめる。

「足りなくなるでしょ」
「足りなかったら、コンビニにデザート買いに行こ」

 どうやら引く気はないらしい。渋々「わかった」と頷くと、「やった」と嬉しそうに笑う。
 彼の表情は時と場合でころころ変わる。朝の寝ぼけた顔、仕事で外に出ているときの大人っぽい顔、子どものような純粋な顔、兄のような優しい顔、そして、今日のふにゃふにゃした幼い顔。彼は掴みどころがなく、こうして数ヶ月を共に過ごしても理解しきれないところがある。けれど、私は彼を好意的に思っていた。恋愛感情かと言われれば、それはよく分からない。ただ、彼のことをどこか特別に思うようになっていた。