「は…?」

 言っている意味が分からない。

「君の声を俺に買わせて」
「いや、聞き取れなかったんじゃなくて」

 再度繰り返した彼にそう返して、「どういう意味ですか」と真っ直ぐに疑問をぶつける。

「俺、作詞作曲してんの。だから、君に俺が作った歌を歌ってもらって、それを世間に発表したい」

 彼は先ほどより少し詳しく話してくれた。ただ、すぐにそうですか、と納得できるような内容でもない。つまりは作詞作曲家の夢を追っている彼の片棒を担ぐ、ということだろう。
 ……なんて自信過剰な人なんだ、と正直思った。彼は作詞作曲家に憧れて自己満足で歌を作っているに過ぎないだろう。それなのに、ボーカルを雇うというところまで考えを飛躍させてしまっている。
 将来のことを真面目に考えていない私が言うのもおかしいのかもしれないが、現実が見えていない人なのだろうな、と失礼ながら思った。

「ちなみに、もし今回協力するとして、一曲いくらで」

 "ちなみに"は、本当に"ちなみに"だ。期待などしていない。冷やかしにも似た気持ちだった。お小遣い程度の金額を提示されるのだろう。そう思った。しかし、彼が手で示した数字は、想像を超える額だった。

「……千?」
「なわけ。万」

 さも当たり前かのように彼は言う。どこぞのお金持ちなのだろうか。いや、嘘なのかもしれない。

「一旦、今回限りでもいい。一曲だけ、俺に君の声を買わせて」

 もう一度、彼はそう言って私を見つめる。嘘の可能性だってある。からかわれているだけなのかもしれない。そう思ったけれど、私は頷いてしまった。真っ直ぐな彼の瞳に、首を横に振ることができなかったのだ。