「食欲ある?」

 そう言われて、「あんまり」と返す。彼は「そっか、ちょっと待ってて」と言って立ち上がると、フルーツゼリーを持ってまた私の傍に座った。

「ちょっとでいいから食べれる?薬飲んだ方がいいだろうし」

 頷いて、ゆっくり起き上がる。テキパキと動く彼に、普段とのギャップを感じる。時々垣間見える兄らしさに、至極当然な疑問がわいた。

「アキって弟とか妹いるの?」

 ゼリーを掬いながら、何の気なしに聞く。彼は少し驚いた表情をした。しかし、すぐに悪戯っ子のように笑って見せる。

「兄貴っぽい?」
「うん。普段とは大違いだからさ」

 そう言うと、「憎まれ口叩くくらいには元気そうで何より」と少しからかうような口調で返された。しかしすぐに、「弟が一人ね」と質問の答えも返って来た。

「そうなんだ」

 時々見せる面倒見の良さはそれによるものなのだろう。

「似てるの?アキと弟さん」

 その質問に、彼は「んー」としばらく悩んでいた。けれど、しばらくして「弟の方が真面目で繊細かな」と返される。恐らく弟さんの部屋の方が片付いているんだろう。

「食べ終わったら薬飲んで。残してもいいから」

 そう言われて頷き、食べ終わったゼリーの容器とスプーンを置いて、市販薬を水と共に流し込む。口の中で少し溶けた錠剤が苦い。

「これに着替えて、今日はもう寝たら。明日シャワー浴びなよ」

 アキはそう言うとスウェットを差し出してきてパソコンを開く。

「アキはまだすることあるの?」
「まぁ、大した量じゃないから済ませてから寝る。なんかあれば呼んで」

 忙しい中、面倒をかけてしまった。そう思いながらも、熱のせいかどこか縋りたい気持ちになって、「うん」と頷く。彼は気を遣って少し離れたデスクで私に背を向けてパソコンを操作している。お言葉に甘えて少しぶかぶかのスウェットに着替え、横になって目を閉じた。
 カタカタと小さく聞こえるタイピング音。時々聞こえる布擦れの音。世界の音はそれだけで、それ以外は何もない。暗い部屋に、彼の手元だけを照らす柔いオレンジ。それだけが、今この世界にある光。眠気に誘われて、そんな世界に身を委ねた。