「あー、疲れた」

 彼の家に帰り、また床に寝転がる彼。皺が出来るから着替えてから、と普段なら言うところだが、私は黙ったまま。そんな私の様子を不思議に思ったらしく、彼は「よっ」と弾みをつけて起き上がり、「ひよ」と私の名前を呼ぶ。らしくもない、相手を慮る優しい声。普段は私がどんな顔をしていようが気にしないし、気づかないくせに。

「何、どしたよ」

 目を合わせる。子どものような表情ではなく、どこか兄のような雰囲気が今の彼にはあった。

「…ごめん」
「何が」
「結局、負担かけた」

 彼は目を細めて、ははっと暗い空気を弾き飛ばすように笑った。纏う雰囲気は変わらない。

「こんなもんでしょ、初めてだったし」

 そう言って一つ、伸びをする。どうでもいいことだ、とでも言いたげだ。それから私の顔をじっと見て、またふにゃりと笑った。

「じゃあさ、ココア作ってよ」

 今度は、幼い子どものような表情。母親に甘えるような声と目線。「これでおあいこでしょ」、と子どものような言葉でいう彼の表情はまた兄の顔。どこまでも器用で、私を救うための言葉や仕草を次々に披露する。それがまた申し訳なくて、でも何を言ったって彼の方が一枚上手だから、私はそれに助けられるしかないのだと悟る。

「うん、作る。待ってて」
「はーい、待ってる」

 聞き分けの良い子どものふりをする彼を背に、私は彼の要望を叶えるべくキッチンへと向かった。