「……分かった」

 父のその言葉が、今までのやり取りの中で一番鮮明に聞こえた。

「いいの?お父さん」

 母の言葉に、父は静かに頷く。

「陽頼がこれまで自分からこれほど何かをしたいと言ってきたことはなかったしな。陽頼の意思を、尊重するべきだと思ったんだ」

 父はそう言って、また彼に目を合わせる。

「千明くん」
「はい」
「娘を、頼んだよ」

 まるで結婚の挨拶のようだ。彼は「はい。ありがとうございます」とまた深々と頭を下げた。

「良ければ、晩ご飯一緒にどう?」

 母の提案に、彼は「いいんですか?」と少し表情を崩した。それからは父が彼にお酒を進め、父も少し酔いながら彼と楽し気に話していた。彼は母の手料理を美味しそうに食べ、母も嬉しそうにしている。どうやら二人は彼を気に入ったらしかった。彼は立ち回りが上手かった。目上の人への対応の仕方も、よく心得ているようだった。あの日は間違いなく彼のおかげで、両親を納得させられたのだと思う。