「...っ、私、出るよ」

 空気に耐えきれなくなって席を立つ。ろくに確認もせずに玄関の扉を開けた。

「えっ...」

 思わず声をあげる。そこにいたのは、あの彼だったからだ。

「こんばんは、ひよ」

 交わしたことのない時間帯の挨拶。

「なんで」

 なんでここにいるのか。なんで家に辿り着けたのか。なんで、助けに来てほしいと思ったタイミングで。
 疑問はいくつもあったけれど、「入っていい?」という彼の問いに、頷くだけの返事をした。

「お邪魔します」

 丁寧な挨拶と仕草。いや、それだけじゃない。髪型も服装も整えてある。いつもの私の知る彼の姿とは真逆だった。

「こんばんは、夜分遅くに申し訳ありません」

 頭を下げる彼に、両親は驚きの表情を見せる。

「千明暁と申します。娘さんにはお世話になっております」

 柔らかい表情と声色。

「ご挨拶に伺おうと思いまして。遅くなってしまい申し訳ありません」

 再度頭を下げる彼に、両親は席に座るように促した。彼は私の隣の席に座り、私も彼の隣に座る。

「お口に合うか分かりませんが、よければ召し上がってください」

 彼は手土産まで持ってきていた。

「お気遣いいただいてすみません」

 母はそう言って申し訳なさそうにそれを受け取った。父は、そんな彼を見つめているだけだった。