「そうだ、これ」
彼はココアを飲み干すと、ひらりと紙を突き出してくる。この紙が何なのか。それはもう分かりきっていた。
「いつも通り、適当に」
そして、分かったことの五つ目。新曲を渡してくるときの、彼の口癖。適当に、がどういう意味なのか。私は正しく理解しているつもりだ。
感情など込めなくていい。ただ、音符の上下に従え。音程を外さず、アレンジも加えず、大袈裟な抑揚もいらない。
この一週間、彼はこれまでに作ってきた曲を何度か試しに歌うように言ってきた。私が歌いきると、「お疲れ様」と一言かけるだけで、改善点等を伝えてくることはない。歌い直すのは私がそうしたいという旨を伝えた時のみだ。
「もっとこうしてほしいとか、ないんですか」
一度そう聞いたが、彼は「ん?特には」と意味が分からない、と言いたげに返してきた。そして、「俺は既に曲を作った時点で自分勝手にしてるから。あとはひよの声で、それが再現されればそれでこの曲は完成」と続けた。
それ以来私は、彼に渡された曲をその通りに歌い上げることだけに専念している。今回もそれでいいんだろう。渡された紙を見て、口ずさむ。彼の作る曲は、どこか後ろ向きだ。その歌詞が、その曲調が、歌い手の感情の起伏を不要だと主張している。それが私にも歌っているうちに少しずつ分かり始めてきていた。
彼はココアを飲み干すと、ひらりと紙を突き出してくる。この紙が何なのか。それはもう分かりきっていた。
「いつも通り、適当に」
そして、分かったことの五つ目。新曲を渡してくるときの、彼の口癖。適当に、がどういう意味なのか。私は正しく理解しているつもりだ。
感情など込めなくていい。ただ、音符の上下に従え。音程を外さず、アレンジも加えず、大袈裟な抑揚もいらない。
この一週間、彼はこれまでに作ってきた曲を何度か試しに歌うように言ってきた。私が歌いきると、「お疲れ様」と一言かけるだけで、改善点等を伝えてくることはない。歌い直すのは私がそうしたいという旨を伝えた時のみだ。
「もっとこうしてほしいとか、ないんですか」
一度そう聞いたが、彼は「ん?特には」と意味が分からない、と言いたげに返してきた。そして、「俺は既に曲を作った時点で自分勝手にしてるから。あとはひよの声で、それが再現されればそれでこの曲は完成」と続けた。
それ以来私は、彼に渡された曲をその通りに歌い上げることだけに専念している。今回もそれでいいんだろう。渡された紙を見て、口ずさむ。彼の作る曲は、どこか後ろ向きだ。その歌詞が、その曲調が、歌い手の感情の起伏を不要だと主張している。それが私にも歌っているうちに少しずつ分かり始めてきていた。